しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Cさん,60歳代,男性
40歳代で2型糖尿病を発症し当院に定期通院,1年前より診療を引き継いで毎月診察を行っている。引き継いだ時点でのHbA1cは8%台であった。仕事は管理職でデスクワークが主であり,日常的に運動は行っていなかったが体重は10年以上維持されておりBMI24程度で推移していた。食事は妻(看護師)がつくる食事を朝・夕はとっているが,昼食は外食が主で麺類や丼物が多いようであった。
内服はBG薬とDPP-Ⅳ薬であった。紙カルテを確認すると初診時に眼科を受診しており,その後も半年ごとの通院指示が記載されており,Cさんに眼科通院について確認すると,「また時間をみて受診します」との返事があった。
あるとき,Cさんより「最近仕事でパソコンを使っているせいか目の疲れが強い,何となく見えにくい感じがある」との訴えがあった。早期の眼科受診をお願いしたところ,「しばらく受診していないから行きにくい。他の眼科を紹介してほしい」とのことであった。その時点で直近の眼科受診ついて尋ねると,「実は初診時に通院して以来,通院していない」とのことであった。すぐに眼科に紹介状を書き受診してもらったところ,前増殖糖尿病網膜症との診断でレーザー治療が開始となった。
慢性疾患のマネジメントで重要な合併症のチェックについて自身で集めるべき情報を集めておらず,患者からの言葉のみで判断してしまい「しくじり」を自覚した。
しくじり診療の過程の考察
初回外来で合併症のチェック状況を確認したつもりになっており,その後の眼科通院についてもCさんの言葉を信じてしまい糖尿病手帳などの利用やチェックを行っていなかった。
また,紙カルテでの診療であったこともあり,過去のカルテをさかのぼることが非常に大変でできていなかった。くわえて,家庭医や総合診療医が慢性疾患の患者を他科や多職種で連携してみていくために必要な,統合ケアの役割を担うことを意識できなかったことがしくじりにつながった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
慢性疾患を診療していく上で欠かせない他科や多職種との連携については,自分自身が患者の主治医として統合ケアを提供していることを常に意識するようにしている。糖尿病に限らず慢性疾患の患者のケアにおいて,カルテ記載をしっかり行うことが重要と考え,電子カルテの場合,評価すべき項目についてフォーマットを作成し利用している。
糖尿病においては,年に1回,特定の月に合併症強化月間として看護師とも協力し,Italian Society of Diabetologyの神経障害症候質問紙(表1)1),足所見のチェックを漏れが出ないように行っている。また,眼科受診についてはカルテ記載に加え,積極的に糖尿病手帳(図1)を利用することを心がけている。腎症のチェックについては,毎年患者の誕生月に院内で行う健診で必ずチェックすることにしている。
紙カルテの場合はフォーマットのようなものがないため,フォロー状況を把握することに苦慮しているのが実際である。現在行っているのは,カルテの表紙に年間の合併症チェックの表を貼り,チェックを行っている。すべての項目にチェックが終われば次の1年のチェック表を貼るようにしている。
このしくじりは,研修医・若手医師はもちろん糖尿病専門医やベテラン指導医まですべての医師が経験します。糖尿病診療は,常に全身に気を配る広角的視野を要求されますが,多忙な外来診療の中,常にそのような「視野」を維持し続けることはどの世代の医師にとっても至難の業だからです。今回は,気づいた時点ですぐ眼科紹介につなぎ,結果として前増殖糖尿病網膜症の状態で治療開始できましたので決して遅すぎたわけではないと思います。その後,チェックリストや連携手帳などのツールを活用するなど,行動修正したことも素晴らしいです。電子カルテ運用の筆者も,糖尿病全身管理・慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)チェックリスト(表2,3)のテンプレートを作成し,定期的に患者とともに確認し,漏れなく今後の合併症チェックができるように気をつけてはいます。
とは言えどんなに努力しても,その日の診療が立て込んでついうっかり,ということは今でもあり,その都度反省しています。医療提供側のほか,多職種連携で頑張ったとしてもどうしても「漏れ」は起こりえます。我々側の努力だけでは完璧を期することは困難ですので,患者にも当事者意識を持って協力してもらうことが必要と考えます。
この主治医は,日頃から合併症チェックの重要性を認識し,機会をとらえ患者にアプローチできている,と基本的には評価できます。その意味で「合併症のチェックについて自身で集めるべき情報を集めておらず,患者からの言葉のみで判断してしまった」ことがすべて「医療者のしくじり」だ,とも言えないと思います。この主治医は,誠実に患者に向き合っていたからこそこのように振り返ることができました。確かに完璧ではなかったかもしれませんが,完全な「しくじり」とも考えなくてもいいのではないか,と擁護したいです。
チェックリスト類の充実も素晴らしいと思いますが,今後は患者へも「無症候であるからこそ定期的な(年1回とか6カ月後など,具体的な提案がベストです)合併症管理が重要である」と日頃から説明し続けることで,たとえ我々が忘れてしまっていても,患者自身から「そろそろ眼科チェックが必要ではないか」と言える環境をつくることも重要なのだと改めて感じました。我々の診療は常に患者との共同作業であるべきですね。
最後に,合併症チェックに係る他科受診について,患者に確認するとき,たとえば,「眼科通院されていますか?」よりも「最後に眼科に行ったのはいつですか?」と問うほうがお互いの気づきになりますので,最近はこの聞き方を多用しています。
文献
- Gentile S, et al:Acta Diabetol. 1995;32(1):7-12.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社