もつれない患者との会話術
最近の患者気質の傾向
患者の気質も時代とともに変わってきたように感じます。患者に対応していて,最近感じることは,「話せばわかる人」が少なくなったような気がすることです。
最近の傾向としては,①我慢できない,②自己主張を曲げない,③言わないと損と思っている,④常識に欠ける,⑤聞き分けがない,⑥人の指示に従わない─などが挙げられるかと思います。
精神科医の片田珠美氏は著書『一億総ガキ社会』(光文社新書)の中で「他責的人種」が増加していると記しています。「他責的人種」とは,うまくいかなかったら,すべて他人に責任転嫁しようとする人種のことをいい,他人を責め立てて切り抜けようとする人種をいうそうです。
患者に当てはめると,「病気が治らないのは医師のせい」「診療時間に遅れたのは電車が遅延したせい」「会計が遅いのは事務員のせい」「予約時間通り診てもらえないのは病院のシステムが悪いため」などです。このような人種は今後ますます増えていく傾向にあり,その対応に苦慮する医療機関も多くなるものと思われます。このような人たちが増えてきたのは,消費社会にどっぷり浸かったお客様意識の台頭が原因の1つとも考えられます。
病的患者と被害者意識増大患者の増加
最近感じるのが,病的患者と被害者意識増大患者の増加です。
病的患者とは,同じクレームを何度となく執拗に繰り返し主張する患者であり,また何に対してもクレームをつけてくる患者です。たとえば,「待合室のテレビの音声が大きい」「看護師の髪が長く,仕事向きではない」「言葉遣いが気に入らない」等々,切りがないほど対応を迫られることになります。
次が,被害者意識増大患者です。生活困窮者や障害者に対する医療機関の対応は今も昔も変わらないのですが,最近は弱者であることを楯に威張る患者が増えています。「生活保護受給者だと思ってバカにしてるのか」「障害者なんだからもっと優しい対応をしてほしい」「障害者なんだからもっとサービスしてほしい」等々です。
消費社会化現象
前述のような患者が台頭してきたのは,社会的には1990年のバブル崩壊以降と指摘されていますし,医療界においては1999年の横浜市立大学医学部附属病院で起きた「患者取り違え事故」以降と言われています。また2001年11月に厚生労働省健康局国立病院課による「国立病院・療養所における医療サービスの質の向上に関する指針」の中で,医療の質を高める一環として,患者を呼ぶ際,原則として「姓(名)」に“様”をつけることを提案して以降と言われています。この指針が誤解を生んだ結果,多くの医療機関が「患者」に“様”をつけて呼ぶようになってきました。
消費者には「お金さえ払えば何をやっても許される」という意識が生じ,最小の負担で最大のサービスを求めてくるようになってきました。医療に置き換えると,医療サービスにわずかな瑕疵でもあれば,相手の人間性までも否定して徹底的にクレームをつける態度と言えるでしょう。患者にとって,「医療機関は医療サービスを売る店」であり,「サービスを受けるのは当然の権利」であるため,消費者が一般のサービスを受けるのと同じようなふるまいをするようになっています。このため,患者が求める「お客様としての応対」を医療機関側が怠ると,感情が抑制できない「キレやすい人」となり,攻撃的な傾向が強くなります。
なぜクレームが減らないのか
1.クレーム発生の要因・現象
クレームが発生する要因,また,その傾向として次のようなことが考えられます。
- ①景気が悪化すると,件数が増加する
- ②アウトソーシングが行き過ぎると,クレームも増加する
- ③クレームの内容はしだいにエスカレートする
- ④新入職員入職時期や人事異動がなされたときに発生する
- ⑤人件費削減が顕著になると,クレームが増加する
- ⑥情報量が乏しい人ほどクレームを生み出す
- ⑦情報量・知識量が豊富になると,クレームが増加する
- ⑧医療機関に対する信頼度が低下すると,クレームが発生しやすくなる
- ⑨医療機関本位の合理化・効率化が進むと,クレームも増加する
- ⑩顕著なクレームが発生すると,クレームは連続して発生する
- ⑪クレーム対策を講じていない医療機関は定期的にクレームが発生する
2.クレーム対応が困難な理由
- ①常識が通用しない
立場(年齢・環境等)が違えば,常識や一般的と思われる解釈が異なるのは当然で,特に若い世代と高齢者との世代間ギャップはしかたがありません。
- ②手こずる患者の増加
- 団塊世代の台頭
団塊世代の定年退職が始まり,患者としての受診機会の増加が予想されます。団塊世代には高度経済成長期を牽引してきた自負があり,医師の診察や医療機関のシステムに不満があると黙ってはいられない方も増えてきました。
- 認知症患者と体の不自由な高齢患者の増加
患者の高齢化の比率が年々高くなり,自分で歩行するのが困難な患者や,何度言っても理解できない認知症気味(?)の患者が増えてきています。そのために,診療時間を多く要し,介助する職員も必要となり,効率的な病院運営が難しい状況となっています。
- ③説得がうまくいかない
人間は年ごとに経験を積み,確固たる信念を持つようになりますが,そのような人に正論を説いたところで説得は困難を極めます。
- ④クレーム発生の法則
「注意しなければならないと思う患者に限ってミスを犯してしまう」「立て続けにクレームが発生する日がある」「どういうわけか,同じ患者にミスが発生してしまう」という不思議な法則があるのは経験済みと思われます。
3.患者が最後に発する「言葉」の真意
トラブルになったとき,患者が最後に「マスコミに言うぞ!」「都や県に申し立てるぞ!」「弁護士に訴えてやる!」「県会議員や市会議員を知ってるぞ!」などと言って,医師,看護師,事務職員を脅かす場合があります。このような発言の真意は,医療機関をビビらせるためです。筆者の広報室勤務時代の経験から言うと,まずほとんどの方は行動を起こしません。
仮に,このような行動に起こして記者が取材に来訪した場合,医療機関側に非がなければ事情を説明することで理解が得られやすいものです。また,第三者である弁護士や議員に説明するほうがかえって冷静に話し合いができ,医療機関側として都合が良いとも言えます。
クレーム対応8カ条
東邦大学医学部客員教授(社団法人日本小児科医会顧問弁護士)の桑原博道弁護士が著書『小児科医に関わる法律の解説』(日本小児医事出版社)の中で,次のように述べています。
1.粘り強く話を聴くこと
※苦情の申し出内容および原因を探る
※患者視点と医療者視点が異なることで発生する場合もある
2.できない約束はしないこと
3.回答期限に余裕をもらうこと
4.ほったらかしにしないこと(迅速に対応すること)
※ぐずぐずしていると,長期化し,さらに悪化が予想される
5.毅然と,かつ丁寧に対応すること
6.要求のままに院長を出さないこと
※院長が対応することで最終決断をその場で迫られることになるため。しかし,早期解決が図れる見通しが立てば積極的な関与も必要
7.脅しに反応しないこと
8.対応する場所・人数に注意すること
(※の文章は筆者)
クレーム内容による医療機関側の受忍限度
次に,クレーム内容によって,医療機関側として受け入れられるかどうか分類してみます。
1.対応可能と思われるクレーム
- ①職員の接遇・態度・言葉遣い
確かに,中には指摘されてもやむをえない職員もおり,そのような職員には教育等を通して改めていくしかないと思います。
- ②無理のない運用の変更
患者動線がわかりにくいとか,手順を逆にしたほうが良いなど,患者に指摘されて初めて「なるほど」と気づくケースもあります。
- ③医療安全対策に関する場合
たとえば,滑りやすい床に対して材質を変えるとか手すりの設置などの対策を講じなければ事故につながりかねません。
2.対応困難なクレーム
- ①施設に関すること
たとえば,構造上大掛かりな工事費用が伴う場合や,対応するには相当な人件費を要する場合などは,時間を要することを説明します。
- ②システムに関すること
理論的にプログラム改修で対応可能な場合でも,1本数百万円も要するような費用が発生する場合,運用で対応可能かどうか検討してみることです。
3.対応不可能なクレーム
- ①法律に反する事柄
法律に反してまで患者の要求に応える必要はありません。
- ②診療報酬点数表に係わる算定変更
値引きや請求しないという行為は,制度の根幹に関わることから,医療過誤でもない限り要求があったとしても応じるべきではありません。
謝罪の有効性
▶▶名古屋大学グループの実験結果(2012年3月,新聞報道より)
男子学生48人に対して「公共の場での喫煙」と題する文章を書かせ,その後2班に分け,片方には「大学生の文章とは思えない」と怒らせるための侮辱の評価文を示した。もう一方の班にはその評価文に「こんなコメントをしてすみません」という謝罪部分を加えた。
その後,学生の脳波や心拍数,心理テストを実施した結果を比較したところ,謝罪を受けた班では左右の脳の活動に差がなく,汗は増加したが,心拍数の変化もなかった。心理テストでは攻撃性は変わらなかったが,不快感は高まっていた。
一方,謝罪部分のなかった班では,心拍数や手のひらの汗が増加,脳波検査では攻撃性が高まっていることを示す左右の脳の活動の差がみられた。心理テストでも攻撃性と不快感の両方が高まっていた。
名古屋大学グループは「謝っても怒りのすべては抑えられないし,不快感は消えない。ただ,攻撃されることはなくなり,和解への第一歩となる」と説明している。
クレーム対応のプロセス
基本的なクレーム対応・処理の流れを示します。
1.何に対して怒っているのかを聞き出す
- ①患者はなんとかしてほしいから声を出している
- ②事の大小を決めるのは患者
「たいしたことではない」と片づけるのは問題
- ③「怒りの苦情=患者にとっては重大事」との認識が必要
2.怒らせた事柄について謝罪する
3.医療機関側のシステム(運用)について理解を求める
- ◎怒りの原因となった事柄について,理解を求めるとともに,納得してもらう
4.クレームを貴重な意見と考えて,御礼の気持ちを述べる
- ◎相手の立場に身を置いてクレーム内容を考える
クレームの対応,結局は……
1.サービスが良ければクレームは発生しないのか
100%のサービスを提供したとしても,患者が不満と思ってしまえば,その時点でクレームとなってしまいます。すべては患者の感じ方,受け止め方次第ということになります。
2.どれだけ細心の注意を払えばクレームは発生しないのか
人間のやることにミスはつきものであり,クレームを“0”にすることはできません。むしろ,クレームは起こるものと考え,常に準備しておくことが肝心です。
3.謝るだけでクレームはなくせるか
患者はなんとかしてほしいから訴えているのであり,困っている状況が解決されない限りクレームは解消されません。
4.クレーム対応の心得
- ①クレームはすべての企業において避けることのできないものです。
- ②クレーム対応は勉強で学べるものではありませんし,マニュアルも通用しないことが多々あります。似たようなクレームでも患者の目的・背景・生い立ちなどで対処方法も異なります。発生したクレームにその都度謝罪し,対応を考え,実践し,1つひとつ経験を積んでいくしかないのです。
- ③他院の成功例で成功するとは限りません。しかし,他院のクレーム対処方法を知った上での対応のほうが,失敗したときになぜうまくいかなかったのか学習できます。
- ④対策を講じない限り,クレームは減りません。個人,部署の問題と考えず,医療機関が総力を挙げて取り組むことが求められます。
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
|
窓口・待合室での会話術 |
|
支払いにまつわる会話術 |
|
診察室での会話術 |
|
看護師・医療スタッフの会話術 |
|
問い合わせでの会話術 |
|