もつれない患者との会話術
ポイント
窓口で訴える人の情にほだされて健康保険扱いにするようなことがあってはいけません。労災隠しは労働安全衛生法等違反であり,労災事故と知りながら診療した医師が注意義務違反に問われます。
解説
●レセプト点検で結局は返戻されることに
労働者を1人でも常時雇用している企業は,業務上の負傷等に対して,労働者災害補償保険法(以下,「労災保険法」)第3条が適用されるにもかかわらず,事業主が労災保険の「保険関係成立届」を行わず,労災保険による診療が受けられないことがあります。
業務上の負傷は健康保険の対象外であることを知らしめるべきであり,情にほだされて間違っても健康保険扱いにしてはいけません。保険者はレセプトの傷病名から労災適用か否かのチェックを行い,結局は保険医療機関にレセプトが戻されます。
●対外的な信用失墜を恐れ,事業主が労災隠し
業務上の負傷であっても事業主が従業員に健康保険で受診させようとする理由は,労災事故多発によって対外的な信用が失墜する,事故によって保険料率がアップする,労働基準局から業務改善指導を受けるなどのためです。このような「労災隠し」は労働安全衛生法,労働基準法,労災保険法,健康保険法,刑法等に違反するだけでなく,健康保険財源の不当な流用となり,決して認められるものではありません。
医療機関の対応
明らかに労災事故とわかる場合には,患者または付添人の申し出にかかわらず,「健康保険での診療はできない」旨をはっきりと伝えることです。
また,会社の不手際で「労災保険関係成立届」等を怠って労災診療が困難な場合には,いったん,自費診療となる旨を説明します。この場合は労働基準法第75条により事業主が医療機関に医療費を支払うか,または労働者に医療費を支給する義務を負うことになりますので,医療機関は自費診療扱いにして診療費を事業主に請求することになります。
付添人がどうしても健康保険での診療を希望してきた場合には,「労災隠し」である旨を説明し,労働安全衛生法違反により事業主が処罰されること,そして労災事故と知りながら診療した場合には,診療した医師が注意義務違反に問われることを説明し,「健康保険による診療は絶対にできない」ことを説明します。
関係法令など
この法律においては,労働者を使用する事業を適用事業とする。
保険給付を受ける権利を有する者は,厚生労働省令で定めるところにより,政府に対して,保険給付に関し必要な厚生労働省令で定める事項を届け出,又は保険給付に関し必要な厚生労働省令で定める書類その他の物件を提出しなければならない。
労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかつた場合においては,使用者は,その費用で必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
事業者は,単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく,快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また,事業者は,国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。
- 健康保険法第55条(他の法令による保険給付との調整)
被保険者に係る療養の給付又は入院時食事療養費,入院時生活療養費,保険外併用療養費,療養費,訪問看護療養費,移送費,傷病手当金,埋葬料,家族療養費,家族訪問看護療養費,家族移送費若しくは家族埋葬料の支給は,同一の疾病,負傷又は死亡について,労働者災害補償保険法,国家公務員災害補償法又は地方公務員災害補償法若しくは同法に基づく条例の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には,行わない。
人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。