もつれない患者との会話術
ポイント
スタッフ側の意識の問題として,一部負担金徴収は医療機関の義務であることを周知し,理解しておく必要があります。
また,患者に対する接遇姿勢としては,落ちついた雰囲気で患者の訴えに耳を傾ける態度を示すとともに,今後は組織として患者の不満・訴えに取り組む姿勢を見せることが大切です。
解説
まず,一部負担金の徴収は法律上,医療機関の義務であることを理解しておきましょう(一部負担金の徴収を巡る解釈については後述します)。
ただ,感情的に高ぶっている患者に対して,窓口カウンターを介してスタッフが法律を持ち出して理詰めで諭しても逆効果になります。一部負担金徴収は医療機関の義務であることを理解しつつ,患者に対する接客姿勢としては丁寧な対応をしなければなりません。
医療機関の対応
窓口カウンター付近で患者が大声を出せば,待合室の他の患者も注目し,医療機関のイメージにも影響します。必要であれば,少し人目を避けられる場所に移動する,管理職クラスが対応に出る,静かな声と冷静な態度で最初から最後まで対応するなど,その場の空気が変わる(患者がクールダウンできる)工夫も必要です。
そして,患者の言い分に耳を傾けながら,キリのいいところで,「上司に伝えます」「担当医に直接伝えます」「上司を通じて担当医を指導します」など,組織として患者の言い分を受け止めている姿勢を示します。
そういうクレーム処理の方法を提示することで,「組織としてきちんと受け止めてくれたのだ」という理解が患者に生まれれば,おおかたは患者もクールダウンし,「医療機関側を信頼して,後は任せる」と,矛を収めてくれる可能性は高いと思われます。
一部負担金徴収の法的解釈
医療機関の一部負担金の徴収義務を巡る解釈では,医療現場でも混乱していることがあります。ここでは,その法的な解釈について解説したいと思います。
●療養担当規則第5条
以前,ある講演の中で,「一部負担金の徴収は必ずしも医療機関に義務づけられているわけではない」という話を筆者は聞いたことがあります。療養担当規則第5条「保険医療機関は,被保険者又は被保険者であった者については法第74条の規定による一部負担金,法第85条に規定する食事療養標準負担額……(略)……の支払を受けるものとする」という表現は,法律用語でいう「支払命令」を意味しない。もし,「支払命令」であるならば「……しなければならない」という表記になるはずだという説明でした。
確かに,「……するものとする」という表現は「……しなければならない」よりもやや弱く,合理的な理由があれば,それに従わないことも許される(例外を認める)というニュアンスを含んでいると言えるでしょう。ただ,その一方で,単に“言葉の綾”や“語呂”として,全体をやや緩やかに表現する目的で「……するものとする」という表現を選ぶ例もあるとされています。
●通知,法律上の一部負担金の取り扱い
ここで,過去の厚生労働省の一部負担金に関する通知を挙げてみます。
「……支払わなければならない」(昭和32年9月2日保険発第123号)「……,初診の際の一部負担金を徴収すること」(昭和33年10月20日保険発第139号)「……,一部負担金の支払又は納付の義務を負う世帯主又は組合員が……」(昭和34年3月30日保発第21号)など,実際には一部負担金の徴収を義務づける表現が散見されます。
そもそも療養担当規則第5条中の「法第74条」,すなわち健康保険法第74条(一部負担金)は,「第63条第3項の規定により保険医療機関又は保険薬局から療養の給付を受ける者は,……(略)……,一部負担金として,当該保険医療機関又は保険薬局に支払わなければならない」という表現であり,一部負担金を「支払わなければならない」義務と位置づけています。
●結論:医療機関には一部負担金を徴収する義務がある
したがって,療養担当規則第5条の規定が「……支払を受けるものとする」という文言であっても,元となる法律(=健康保険法第74条)と変わらぬ支払義務を命ずる文言と解釈でき,ここでの「……するものとする」は,あくまで“言葉の綾”や“語呂”の範疇と考えたほうが妥当です。
一部負担金は患者と保険医療機関との間で診療契約に基づいて診察や検査代などの対価としての性格を有しますが,その一方で保険者が支給する「療養の給付」に関する費用の支払い方法として,「療養の給付」の一部を被保険者自身が負担する公法上の義務を負うという性格を有しており,一部負担金相当部分も「療養の給付」の一部であると解釈されています。
こうした解釈に基づけば,医療機関においては一部負担金の徴収義務が生ずることになりますし,一部負担金を減額したり,放棄することは認められないのです。
関係法令など
- 健康保険法第74条(一部負担金)
- 1.第63条第3項の規定により保険医療機関又は保険薬局から療養の給付を受ける者は,その給付を受ける際,次の各号に掲げる場合の区分に応じ,当該給付につき第76条第2項又は第3項の規定により算定した額に当該各号に定める割合を乗じて得た額を,一部負担金として,当該保険医療機関又は保険薬局に支払わなければならない。
- 170歳に達する日の属する月以前である場合 100分の30
- 270歳に達する日の属する月の翌月以後である場合(次号に掲げる場合を除く。)100分の20
- 370歳に達する日の属する月の翌月以後である場合であって,政令で定めるところにより算定した報酬の額が政令で定める額以上であるとき 100分の30
- 2.保険医療機関又は保険薬局は,前項の一部負担金(第75条の2第1項第1号の措置が採られたときは,当該減額された一部負担金)の支払を受けるべきものとし,保険医療機関又は保険薬局が善良な管理者と同一の注意をもってその支払を受けることに努めたにもかかわらず,なお療養の給付を受けた者が当該一部負担金の全部又は一部を支払わないときは,保険者は,当該保険医療機関又は保険薬局の請求に基づき,この法律の規定による徴収金の例によりこれを処分することができる。
- 保険医療機関及び保健医療養担当規則第5条(一部負担金の受領)
保険医療機関は,被保険者又は被保険者であつた者については法第74条の規定による一部負担金,法第85条に規定する食事療養標準負担額(同条第2項の規定により算定した費用の額が標準負担額に満たないときは,当該費用の額とする。以下単に「食事療養標準負担額」という。),法第85条の2に規定する生活療養標準負担額(同条第2項の規定により算定した費用の額が生活療養標準負担額に満たないときは,当該費用の額とする。以下単に「生活療養標準負担額」という。)又は法第86条の規定による療養(法第63条第2項第1号に規定する食事療養(以下「食事療養」という。)及び同項第2号に規定する生活療養(以下「生活療養」という。)を除く。)についての費用の額に法第74条第1項各号に掲げる場合の区分に応じ,同項各号に定める割合を乗じて得た額(食事療養を行つた場合においては食事療養標準負担額を加えた額とし,生活療養を行つた場合においては生活療養標準負担額を加えた額とする。)の支払を,被扶養者については法第76条第2項,第85条第2項,第85条の2第2項又は第86条第2項第1号の費用の額の算定の例により算定された費用の額から法第110条の規定による家族療養費として支給される額に相当する額を控除した額の支払を受けるものとする。
- 2.(略)
- 健康保険法の一部を改正する法律の疑義について(抄)(昭和32年9月2日保険発第123号)(略)
- 新点数表の運用及び解釈等について(昭和33年10月20日保険発第139号)(略)
- 一部負担金の徴収猶予及び減免並びに保険医療機関等の一部負担金の取扱について(昭和34年3月30日保発第21号)(略)
- 一部負担金の取扱いについて(昭和35年2月24日保険発第24号)(略)
参考文献
- 長谷川彰一:改訂 法令解釈の基礎. ぎょうせい, 2008.
- 厚生省保健局医療課, 社会保険庁健康保健課, 編:健康保険法の解釈と運用. 第11版.法研, 2003.
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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