もつれない患者との会話術
ポイント
医師には応招義務(医師法第19条第2項)があるため,求めがあれば診断書作成に応じなければなりませんが,あくまでも「診察時点」での診断であることを明記しましょう。また,かかりつけ医がいる場合には,かかりつけ医に診断書を交付してもらうよう,丁重に断ることも1つの方法です。
解説
●覚醒剤中毒の有無等を判断することの困難さ
数多くある診断書の中でも,最も厄介な診断書の作成が「右の者は,法定伝染病・結核性疾患・らい病・トラホーム・性病・てんかん・精神病者・皮膚病・其他伝染性疾患又は覚醒剤・麻薬及大麻若しくはあへんの中毒者でなく,盲・聾唖者にあらざることを診断する」というものです。このような診断書は,国家資格に合格した人が免許交付申請時に必要とされており,また,警備業務や医療機器製造販売企業から求められることがあります。
かかりつけ医がいない場合,診断の結果,各項目に該当しないようであれば,「診察時点で該当する症状は認められない」旨の内容で診断書を交付するしかないと思います。仮に,覚醒剤等の中毒者であったことが判明したとしても,その時点の診断結果であり,虚偽記載で問題視されることはないというのが専門家の見方のようです。
●特別な事由を除き,診断書交付は医師の義務
通常,このような診断書の作成依頼を受けた場合,医師は特に検査するのではなく,問診程度で本人の申告を聞いて交付しているのが実情ではないでしょうか。検査もせず,依頼者の自己申告だけで作成した診断書を国家資格の合格者の免許交付要件とするのは,心許ない感じがしないでもありません。しかも,この診断書は診療科や専門医であるかどうかを問いません。どの医師でも作成できるのです。
もし,免許交付後に覚醒剤中毒だということがわかったら,作成した医師の責任はどう問われるのでしょうか。
診断書交付は医師法第19条第2項(応招義務等)により義務づけられています。しかも,正当な事由がなければこれを拒んではならないと規定しています。診断書の交付については,保険金請求等の証明など社会的に必要性が高いこともあり,医師の裁量に委ねることなく,法律で義務づけているのです。したがって,診断書が詐欺等不正な目的に利用される疑いが濃い場合や,どうしても病名や病状の判断がつきかねる場合,また,がんその他患者に病名や病状を知らせることが診療上重大な支障があると考えられる場合などを除いて,交付を拒むことはできません。
仮に交付を拒んだ場合,医師法第19条第2項には罰則規定が設けられておらず,罰せられることはありませんが,医師法第7条(免許取消・医業停止・再免許)の「医師としての品位を損するような行為」に該当し,悪質と見なされた場合には医業停止等もありうるのです。
医療機関の対応
そもそも診断書とは「医師が診察の結果に関する判断を表示して,人の健康上の状態を証明するために作成する文書をいう」(大審院大正6年3月14日判決 刑録第23輯179頁)。したがって,求められる内容によって必要な検査を行い,作成するわけですが,覚醒剤や大麻などの症状が診察時に消失している場合,診断が困難と言えます。このため,初診で診断書作成を求められても医師が困惑するのは当然であり,むしろ,このような内容の証明を医師に求める現行制度に問題ありと言わざるをえません。
実際,受診履歴のない方に対しては,かかりつけの医師に作成を依頼するよう,丁重に断るケースもあるということです。しかし,かかりつけの医師がいない場合,「診察時点では当該症状は認められない」とする内容で交付するしかないと思われます。
関係法令など
- 医師法第7条第2項(免許の取消,業務停止および再免許)
医師が第4条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。
- 戒告
- 3年以内の医業の停止
- 免許の取消し
※参考:同法第4条 次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある
- 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
- 麻薬,大麻又はあへんの中毒者
- 罰金以上の刑に処せられた者
- 前号に該当する者を除くほか,医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者
診察若しくは検案をし,又は出産に立ち会つた医師は,診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には,正当の事由がなければ,これを拒んではならない。