もつれない患者との会話術
ポイント
言葉ひとつでも,使われる場面,使われ方,受け手の性別,年齢,立場,性格などによって受け止め方に相当の開きがあることを知るべきです。
解説
●医師の発する言葉に敏感に反応する患者
日々,診療に忙殺されている医師にとって,診断結果を患者に伝える場合,患者が理解しやすいように図を描いたり,平易な言葉を用いたりして説明していると思われます。患者も医師の言った一言一句を聞き漏らすまいと必死で聞こうとしますが,その場はわかったつもりでも帰る頃になると忘れていることも多々あります。
医師がフレンドリーな応対を心がけて言ったつもりの一言が,実は患者自身一番気にしている言葉であった場合には逆上することも考えられます。最近は,医師に限らず看護師や検査技師などの医療スタッフとの会話にも敏感に反応する患者もいることを意識して,説明する際には十分注意する必要があります。過去に,医師の一言で「PTSD」になったということで最高裁判所まで争った事例もあることを知って日々の診療に取り組むことです。
今後ますます,簡単に引き下がらない患者や,知りうる情報と食い違う説明に対して反論する患者が増えると予想されることから,説明をする際にも言葉を選びつつ説明することが求められます。
医療機関の対応
医療機関を受診する患者の背景は様々です。十分患者を観察し,受診に至った経緯を知る必要があります。精神疾患に罹患している方もおり,普通なら軽いジョークで済まされる言葉を重く受け止めてしまうこともあります。
患者と信頼関係が構築されるまでは粛々と診察を行うことが大切だと思います。
参考
- 1.事件概要
ストーカー被害を受け抑うつ神経症と診断された女性が,主訴である頭痛の精査のために,医師の忠告を聞き入れずにMRI検査の予約をした。その後,検査結果を聞きたいと受付時間終了間際に強硬に受診。担当の精神科医からMRIの結果は異常がないこと,脳神経外科での治療が当面必要なことを説明し「精神科にはもう受診しなくてよい」と告げ診察を終了しようとしたが,患者はこれに応じず自己の主張を繰り返したために,担当医は「あなたは人格に問題があり,普通の人と行動が違う」「あなたの病名は人格障害だ」などと言って退室した。その後,患者は別の精神科医を受診,「PTSD」と診断されたことで,当該医師の診療行為に過失があったとして損害賠償を求めて提訴。
- 2.判決事由
第一審の東京地裁は,患者の訴えを退けた。「医師の人格障害という判断に誤りはなく,発言が違法というほど威圧的で人格を否定するものだったか明らかでない」とし,医療機関側の勝訴となった。
控訴審の東京高裁では「医師の言動と患者のPTSD発症との間に因果関係がある」と認め,病院側に200万円の賠償を命じた。「医師の言動は医師としての注意義務に違反するものである」として患者側の勝訴となった。
上告審となった最高裁では高裁判決を破棄し病院側の逆転勝訴となった。「やや適切を欠く点があることは否定できないが,これをもって直ちに注意義務違反であると評価するには疑問を入れる余地がある」(最高裁小法廷 平成23年4月26日)との判断を下した。