もつれない患者との会話術
ポイント
医療は医師と患者の準委任契約と位置づけられ,説明責任を求められます。診断書交付後に再説明を求められても,別途料金を請求することは困難と言えます。
解説
近年の医療訴訟では,医師が説明責任を果たしていないということで敗訴するケースが増えています。裏を返せば懇切丁寧な,そしてわかりやすい説明が医師に求められているのです。しかし,わかりやすくしようとすればするほど,平易な言葉で説明しようとすればするほど,説明に長時間を要することになり,結局,夜遅くまで残って業務を処理することになってしまいます。こうした説明に費やす時間は別途請求できるものではなく,何かしら空虚感を味わってしまうのではないでしょうか。弁護士の相談料同様,有償で差し支えないということであれば,説明に力が入ると思うのですが……。
ただ,患者ばかりを責めてもいられません。往々にして,患者から文書の交付を要請された時点で,医療機関側が依頼内容の確認を怠っているケースが多いからです。最初からきちんと患者のニーズを医療機関側が把握しておけば,不必要な再説明は避けられると思います。
また,カルテ開示後の問い合わせ内容に関しては,医師の記載した文字の読解が困難な場合や,医学用語の難しさ,検査の目的および必要性などの確認が多いと思われます。
個人情報保護法施行後,医療機関の窓口には,カルテ開示を求める患者に対して,「1回の開示につき○○円,写しを希望の方は1枚につき○○円を承ります」などの表示をしていますが,開示後の内容に関する問い合わせに対しては何ら表示していないと思われます。
では,「開示後の内容に関する説明は○分間○円を承ります」と表示し,料金を請求することは可能なのでしょうか。注意すべきことは,患者と医師との間では準委任契約が成立することから,診療継続中の場合は報告義務が受任者に求められること,つまり患者から尋ねられた場合,医療機関には答える義務があるということです。
治癒退院や死亡退院の場合はどうなのでしょう。診療が完了することで委任契約も終了しますが,判例では患者本人に対して説明することができない事情がある場合には,家族や遺族のような第三者に対する説明義務も診療契約は包含していると解され,医療機関側は遺族に対して事後の説明義務を負うものとされています(東京高裁平成16年9月30日判決,190頁:参考資料参照)。
したがって,一律「説明ごとに○○円お支払いいただきます」という対応も問題があるものと思われます。
医療機関の対応
「“開示されたカルテに疑義が生じたので,これについて伺いたい”あるいは“診断書(意見書)を交付してもらったが,内容について説明を聞きたい”といった問い合わせを受けたので,その対応を始めたところ,患者が納得するまで説明し続けることとなり,結果的に大変な労力と時間を要している。説明に要した労力,時間に応じた請求ができないものか」という話を某医療機関の院長から聞いたことがあります。
多忙な医師にとっては,少しでも多くの患者を診察し,また自分の研究時間に充当したいと思っているのに,延々と説明に付き合わされた挙句,無償では気持ちが収まらないと思うのでしょう。
ただ,医療事故が頻発している中,患者・家族も治療に関して納得のいくまで医師に話を聞きたいというケースが多くなってきています。医療訴訟においても医師の説明責任を問う判決が出され,むげに説明を断ることができない状況となっているわけです。
また,医療機関の対応に問題がある場合も,少なくありません。一度,よく院内で体制・対応を検討し,改善できないものか考えるべきでしょう。
まず,診療中に十分なインフォームドコンセントを行うこと,退院時(診療行為が終了した後)においても結果を報告すべき義務が存すること,また診療行為が予期せぬ結果に終了した場合においても顚末の報告義務があることを認識する必要があります。
再説明を求めてくるということは,治療行為に何らかの疑問・疑念を抱いている場合も考えられ,慎重な対応が求められます。その時,無神経に「○○円,いただきます」などと言おうものなら,患者の怒りを買う危険性が大と言えます。
それでも,文書料を請求したいと思えば,堂々と料金表示を行えばよいのですが,もし訴訟にでもなれば,前述のような判決が出されており,勝訴は困難と思われます。
参考
- 東京高裁平成16年9月30日判決
「(病院側が説明すべき相手方は)通常は診療契約の一方当事者である患者本人であるが,患者が意識不明の状態にあったり死亡するなどして患者本人に説明することができないか,又は本人に説明するのが相当でない事情がある場合には,家族(患者本人が死亡した場合には遺族)になることを診療契約は予定していると解するべきであるので,その限りでは診療契約は家族等第三者のためにする契約も包含していると認めるべきである。患者と病院開設者との間の診療契約は,当該患者の死亡により終了するが,診療契約に附随する病院開設者及びその代行者である医療機関の遺族に対する説明義務は,これにより消滅するものではない」として,病院側は遺族に対して事後の説明義務を負うことを明言しています。
- さいたま地裁平成16年3月24日判決
「医療契約は,患者に対する適切な医療行為の供給を目的とする準委任契約であって,医療行為は高度の専門性を有するものであるから,委任者である患者は,医師らの説明によらなければ,治療内容等を把握することが困難であること,医師らとの間に高度の信頼関係が醸成される必要があること等のことから,医療契約における受任者である医療機関は,その履行補助者である医師らを通じ,信義則上,医療契約上の附随義務として,患者に対し,適時,適切な方法により,その診療経過や治療内容等につき説明する義務を負うものと解するべきである」
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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