もつれない患者との会話術
ポイント
患者からガイドライン遵守の有無,ガイドラインと治療効果の関係などを尋ねられる場面では,ガイドラインの性格,限界について,あるいは自身の治療とガイドラインとの関係などについて,医師は整理して説明し,患者の理解が得られるように努めるべきです。
なお,診療ガイドラインはいわば“業界の約束事”にすぎず,法的な強制力はありません。ただ,これに反する治療行為を行い,仮に医療過誤となった場合,その治療行為の正当性を立証することは大変困難だと言えます。また,厚生労働省の支援により作成されたガイドラインもあり,無視できない状況にあると思われます。
解説
診療ガイドラインとは,予防から診断・治療・リハビリテーションまで,特定の臨床状況の下で適切な判断や決断を下せるよう支援する目的で体系的に作成された文書を言います。ガイドライン自体は以前から存在していましたが,現在主流となっているのは「EBM(evidence-based medicine;根拠に基づく医療)に基づいたガイドライン」です。
以前のガイドラインは専門医の経験則によって作成され,科学的根拠に基づいたとは言えないものがほとんどでした。現在は,数十人~数千人あるいは数万人単位の患者を対象とするランダム化比較試験の評価などから治療方針を策定するという方式に変わり,格段に信頼性が高まったと言われています。
これまでも,医師は過去の症例や研究報告,教科書などで習った医学的知識に基づいて検査や治療を選択してきました。しかし,1人の医師が経験できる症例数には自ずと限度があります。また,医学的な知見が日々更新されるため,同じ病気でも医師によって治療が異なり,治療成績に違いが生じるという状況がありました。そこで,診療ガイドラインを作成し,確立された治療法を医師に紹介することで,我流の医療を防ぐことが必要とされてきました。つまり,診療ガイドラインの目的の1つは医療の標準化であると言えます。
医療機関の対応
数多くのガイドラインが様々な学会から出される中,それでも「長年の経験と培った医療技術で診療するからガイドラインは不要」という医師はいます。反対に,「これまでの治療法や検査がガイドラインと異なり,この手法でよいのか」と悩む医師もいると思います。
ガイドラインは絶対的なものでしょうか。また,法律との関係はどうなのでしょう。
厚生労働省では1996~2003年まで計20疾患のガイドライン作成に補助金を出して支援しています。このように厚生労働省がバックアップし,学会がガイドラインを作成,普及させていることから,「ガイドラインに沿った診療をしなければならない」「ガイドラインに沿った診療を行わないと,医療事故の際に不利になるのではないか」という不安心理を医師に与えているのは間違いありません。
それに対して厚生労働省は,ガイドラインについて「医師の治療法を拘束するわけではなく,日常診療の助けに使ってほしい」と言っています。有り体に言えば,ガイドラインは,“業界の約束事”に過ぎません。このため,仮にガイドラインの中に義務規定を設けたとしても,法的な意味での強制力はありません。
しかし,前述のように,大規模な臨床試験の結果を基に作成されていることから,仮に,それに反する治療を行って医療過誤が生じた場合,医師自身の治療行為の正当性を立証するのは,困難を極めることになります。
また,これまでに国が作成したガイドラインの中には行政指導に近いと考えられるものもあり,まったく無視してよいとは言えません。
現実に,2003年11月21日の日本救急医学会救命救急センター長会議において,「救命救急士法では特定行為を実施できるのは救急車内か救急車収容までとなっている。歯科医の救急研修ガイドラインに基づく病院での実習は法律に違反するのではないか」という質問に対し,当時の厚生労働省医政局指導課の課長補佐は「国が作成したガイドラインに従って行っている研修が違法とされることなどありえない」と回答しています。このように考えてくると,たかがガイドラインとも言えない状況にあるのです。
参考文献
- 診断と治療. 2001;89(9).
- EBMジャーナル. 2003;4(3).
- 週刊医学界新聞. 2002;2476.