もつれない患者との会話術
ポイント
保険証の貸し借りは,詐欺,教唆,幇助が問われる重大な犯罪です。罪の意識がないまま貸し借りする人々に事の重大さを理解させ,戒めを説くことも必要です。
解説
●詐欺,教唆,幇助という重罪に問われることを説明する
このケースのような場合,本人に問い質すと,そのほとんどは罪の意識が非常に薄く,「とにかく診察してもらえばいい」という感覚で気軽に保険証の貸し借りをしているようです。これらは,れっきとした犯罪であり,他人の保険証を使用し,その人になりすまして受診した場合には,法的には詐欺罪(刑法第246条)が成立し,10年以下の懲役に罰せられることになります。
一方,悪用されると知りながら他人に実行せしめるような決意を生じさせた場合には教唆犯(刑法第61条)に,不正使用することを知りながらもその行為の実現を容易ならしめた場合には幇助犯(刑法第62条)に問われることになります。
このように,他人の保険証を不正使用することは大変重い罪になるという認識を持つことが必要です。罪の意識が乏しいからこそ,発覚するたびに事の重大さを説明し,戒める役割を医療機関が担うことになります。
●療養担当規則上では返還義務を規定
詐欺罪,教唆犯,幇助犯については刑法で規定していますが,療養担当規則第10条でも詐欺などの不正な行為で療養の給付を受けた場合には保険者等へ通知する義務があることを規定しています。
また「療養の給付費の返還措置について」(昭和30年2月1日保険発第9号)という通知では,「被保険者証を他人に使用せしめたこと又は事実を偽って被保険者の資格を取得したこと若しくは給付期間満了を保険医が認知できなかったため同一傷病につき法定給付期間を超え療養の給付を受けたこと等療養の給付費を返還せしむべき理由が被保険者の責に帰する場合であって,保険医がこれを認知し得なかった場合においては,その旨並びに金額等を当該被保険者に通知し直接被保険者から当該療養の給付費を返還させるものとすること」という取り扱いとなっています。
医療機関の対応
窓口経験の浅い担当者は患者を待たせないようスピーディーな処理を心がけ,必死で業務に打ち込んでおり,患者の観察まで及ばないのが実情です。このため,保険者には,保険証交付の際,被保険者に「保険証の貸し借りが犯罪である」ことをしっかりと指導していただきたいものです。
中には,不正使用の発覚後,「全額実費で支払えばいいんだろう!」と開き直る悪質な患者もおり,このような場合は警察への通報を考えてもよいと思います。
ただ,おおかたはなんらかの事情があって不正使用していることが多く,事情を聞いてみると同情の余地があったり,本人に反省の念がうかがえることもあります。かと言って,不正を見逃すこともできませんので,刑罰の対象行為であることを十分に言い聞かせ,今後絶対やることのないように言い含め,当該診療費については全額患者負担してもらう必要があります。
●受付のプロをめざす
保険証には顔写真が貼付されていないことから,保険証に記載された情報と来院された患者が年齢,性別など外見上相違なければ,本人と見なし受付することになります。
最近では性別・年齢不詳の方も大勢来院します。だからと言って,漫然と受付業務を行っていては窓口担当のプロとしては面目ない結果となります。保険医療機関には療養担当規則第3条により保険証によって資格があることを確認する義務があり,確認業務も「社会通念上,一般に要求される程度の注意義務」が求められます。受付のプロとして,日々しっかりと患者の身なり・態度・言動をチェックし,大勢の患者の中には不正を働く者もいることを肝に銘じ,受付業務に励む必要があります。
関係法令など
人を教唆して犯罪を実行させた者には,正犯の刑を科する。
正犯を幇助した者は,従犯とする。
人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。
- 保険医療機関及び保険医療養担当規則第10条(通知)
保険医療機関は,患者が次の各号の一に該当する場合には,遅滞なく,意見を付して,その旨を全国健康保険協会又は当該健康保険組合に通知しなければならない。
- 1~3.(略)
- 4.詐欺その他不正な行為により,療養の給付を受け,又は受けようとしたとき。