もつれない患者との会話術
ポイント
医師法第19条第1項の趣旨をよく理解し,専門外の疾患であっても患者が診療を求めている場合には,できるだけの範囲のことをしなければなりません。悪質な場合は医師免許取消もありえます。
解説
医師法第19条第1項はいわゆる医師の「応招義務」の規定であり,「正当な事由」がない限り医師は患者の求めがあった場合には「診療に応じなければならない」とされています。行政解釈では,「正当な事由とは,医師の不在または病気により事実上診療が不可能な場合など社会通念上妥当と認められる場合に限る」(昭和30年8月12日医収第755号 長野県衛生部長宛厚生省医務局医務課長回答より)とされており,いろいろな事情を比較衡量してケースバイケースで検討することになります。
某県の消防本部が県下の医療機関に救急患者収容不可能の理由をアンケート調査したところ,「専門外」「医師不在」「処置困難」「満床」「手術中」「多忙」などの理由が挙がってきました。果たして,これらは診療拒否の「正当な事由」に該当するでしょうか。
正当な事由について厚生労働省は,「医師が不在」「医師自身が病気などにより事実上,診療が不可能な場合」,さらに,「単数の医師の場合に手術中あるいは他の緊急性のある患者を診療中で事実上,診療することが不可能な場合も該当する可能性がある」としています。
一方,医師が来院した患者に対し,休日夜間担当診療所などで診療を受けるように指示することは,医師法第19条第1項に違反しないと解されるとしています。
1つ注意すべきことは,医師法第19条第1項でいう「診療に従事する医師」とは診療を業としている医師を指しているのであって,専ら研究のみに従事している医師や行政に従事している医師は該当しません。また,仮に応招義務違反をしたとしても,現行規定では罰則規定がなく,もっぱら医師の良心に委ねられていると言えます。
ただ,罰則規定がないからといって,正当な事由もなく診療を拒否した場合には医師法第7条でいうところの「医師としての品位を損するような行為のあったとき」に該当し,この医師が応招義務違反を繰り返すようなことがあれば,同条の規定により医師免許の取消しまたは停止を命ぜられることもありうるということを肝に銘じておく必要があります。
前述したように,診療を拒否しうる「正当な事由」は,社会通念上妥当と認められる場合に限られることから,①医師・医療機関側の事情(不在や専門外など),②患者の病状の様態(緊急性の有無など),③地域性(近隣の救急体制や専門病院の有無など)を総合的に勘案した上で,対処することが求められます。
医療機関の対応
以前,新聞に「救急体制が整う病院がほしい」というタイトルで子どもを持つ主婦の次のような投書が掲載されていました。
「近くに市立総合病院があり,救急体制が敷かれているものの,小児科がなく緊急で子どもがけがをしたときに事前に電話で受診したい旨を申し入れても,『小児科はない』ということで診療を断られてしまうことがある。診療科がないことを承知の上で痛み,苦しみを和らげてほしいと思い,深夜に門を叩いている患者の気持ちをわかってほしい。いつでもどんな患者でも診てくれる,そんな病院を望むのは無理なのか。近所の救急病院より深夜まで営業しているドラッグストアのほうがずっと頼りになるとさえ思ってしまう」
医師法第19条第1項は「国民の生命,身体の保護」ということを目的に,規定された経緯があります。その実質的理由として次の5項目が挙げられています。
- 命・身体の保護こそ医師本来の職業で倫理的義務があること
- 医師のみが救助を与える能力を持っていること
- 医師が開業(標榜)することは公衆に対して“医療引き受け”を表明していること
- 医師は医療を独占しているから当然義務が生じること
- 憲法でいう“健康権”を具体的に保障するために医師がいるから職業上の義務が生じること
したがって,専門外の疾患であっても患者が診療を求めている場合には,できるだけの範囲のことをする,また,満床の場合であっても病状などから安静や応急手当が必要であると判断される時は補助ベッドなどを使用するなどして治療を行うべきでしょう。
関係法令など
- 医師法第7条第2項(免許の取消,業務停止および再免許)
医師が第4条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。
- 1.戒告
- 2.3年以内の医業の停止
- 3.免許の取消し
- 医師法第19条(応招義務等)
診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない。
- 昭和30年8月12日医収第755号 長野県衛生部長宛厚生省医務局医務課長回答
昭和30年7月26日30医収第908号(所謂医師の応招義務について)をもって照会のあった標記の件について,下記の通り回答する。
記
- 1.医師法第19条にいう「正当な事由」のある場合とは,医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって,患者の再三の求めにもかかわらず,単に軽度の疲労の程度をもってこれを拒絶することは,第19条の義務違反を構成する。然しながら,以上の事実認定は慎重に行われるべきであるから,御照会の事例が正当な事由か否かについては,更に具体的な状況をみなければ,判定困難である。
- 2.医師が第19条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが,医師法第7条にいう「医師としての品位を損するような行為のあったとき」にあたるから,義務違反を反復するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる。
- 病院診療所の診療に関する件(昭和24年9月10日医発第752号 各都道府県知事宛厚生省医務局長通知)
最近東京都内の某病院において,緊急収容治療を要する患者の取扱に当たり,そこに勤務する一医師が空床がないことを理由として,これが収容を拒んだために,治療が手遅れとなり,遂に本人を死亡するに至らしめたとして問題にされた例がある。診療に従事する医師又は歯科医師は,診療のもとめがあった場合には,これに必要にして十分な診療を与えるべきであることは,医師法第19条又は歯科医師法第19条の規定を俟つまでもなく,当然のことであり,仮りにも患者の貧困等の故をもって,十分な治療を与えることを拒む等のことがあってはならないことは勿論である。
病院又は診療所の管理者は自らこの点を戒めるとともに,当該病院又は診療所に勤務する医師,歯科医師その他の従業者の指導監督に十分留意し,診療をもとめる患者の取扱に当っては,慎重を期し苟も遺憾なことのないようにしなければならないと考えるので,この際貴管内の医師,歯科医師及び医療機関の長に対し下記の点につき特に御留意の上十分上記の趣旨を徹底させるよう御配意願いたい。
記
- 1.(略)
- 2.診療に従事する医師又は歯科医師は,医師法第19条又は歯科医師法第19条に規定してあるように,正当な事由がなければ患者からの診療のもとめを拒んではならない。而して何が正当な事由であるかは,それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきであるが,今ここに一,二例をあげてみると,
- (1)医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。
- (2)診療時間を制限している場合であっても,これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない。
- (3)(略)
- (4)天候の不良等も,事実上往診の不可能な場合を除いては「正当の事由」には該当しない。
- (5)医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も,患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが,了承しないで依然診療を求めるときは,応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない。
- 3.(略)
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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