もつれない患者との会話術
ポイント
裁判所の「文書送付嘱託」が,個人情報保護法第23条の「法令に基づく場合」に該当するかどうか理解していればスムーズな対応も可能となります。
解説
医療機関が保管する診療録や看護記録,画像フィルム,諸検査結果などの診療記録について,患者本人または遺族側から直接開示請求されるのとは別に,裁判所から「文書送付嘱託」という方法で開示要求を受けることがあります。素直に応じる医療機関もあれば,本人の同意なくしては応じられないとする医療機関など様々です。同じ,開設者の医療機関でありながら対応が異なっている場合などもあります。
文書送付嘱託とは,裁判所に係属している事件について,当事者からの申立てにより裁判所が文書の所持者にその文書を送付するよう嘱託するものであり,民事訴訟法第226条に規定されている制度です。民事訴訟法に規定されている制度ですから,個人情報保護法第23条の「法令に基づく場合」に該当するので,依頼があれば本人の同意を得ることなく提出して差し支えないということになります。
医療機関の対応
前述のように,「文書送付嘱託」の取り扱いについては,医療機関によって様々です。実際,裁判所に送付した後に,当事者から本人の同意を得ないで送付したことに憤慨して対応に苦慮したという医療機関もあります。個人情報保護法が施行されて以来,医療機関が所有する患者の診療記録については非常に神経を使い対応に苦慮するケースも多々あります。実際,筆者の勤務先にも過去何回となく「文書送付嘱託」依頼を受けたことがありますが,当事者からクレームを受けることはありませんでした。
本件については,以前裁判所に確認したことがあり,「文書送付嘱託」を行う際は利害対立する当事者の双方ともに嘱託がなされることを了解しており知らなかったということはないのではないかという話でした。
医師が事前の同意なく患者の診療情報を漏示した行為の違法性について争われた訴訟(さいたま地裁川越支部平成22年3月4日判決)で,「文書送付嘱託に基づき文書を送付した行為」については「裁判所からの文書送付嘱託に応じて行ったものであり,法令に基づく場合に当たるから,本人の同意を得なくても許されるものである」との判断を下しています。
裁判所も,「文書送付嘱託」依頼を受けた医療機関から裁判所に確認や問い合わせされることが多いことに鑑み,文書送付嘱託制度を解説した説明文を一緒に同封したり,あるいは一緒に当事者の「同意書」を同封して,制度の理解と医療機関が対応に苦慮しないよう協力を得る姿勢で取り組んでいます。
関係法令など
個人情報取扱事業者は,次に掲げる場合を除くほか,あらかじめ本人の同意を得ないで,個人データを第三者に提供してはならない。
- 1.法令に基づく場合
- 2.(以下略)
書証の申出は,第219条の規定にかかわらず,文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててすることができる。ただし,当事者が法令により文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合は,この限りでない。
参考
平成18年7月4日付で,「最高裁判所事務総局総務局第一課文書総合調整係」から,「各府省等行政機関等個人情報保護担当官」宛に送付した「裁判所における個人情報保護に関する問題事例について(依頼)」という文書の中に次のような説明が記しているので紹介します。
裁判所が官庁・その他の団体に対して行う,民事訴訟法186条や家事審判規則8条に基づく調査嘱託,民事訴訟法226条に基づく送付嘱託,刑事訴訟法279条や医療観察法24条3項に基づく照会,家庭裁判所調査官が行う家事審判規則7条の2に基づく事実の調査等については「法令に基づく場合」として,あらかじめ本人の同意を得なくても,個人情報を第三者に提供できることとされているが,本人の同意なしには提供できないと誤解し,本人の同意を求められたり,嘱託に対して回答を拒否される事例がみられる。
具体的には,家事審判規則が法令に含まれないという誤解や,調査嘱託等は強制力がないことから「法令に基づく場合」に該当しないという誤解が多くみられる。
家事審判規則も最高裁判所規則として,法律に準ずるものであり,行政機関個人情報保護法8条1項及び独立行政法人等個人情報保護法9条1項の「法令」に含まれると解されている。
また,裁判所の調査嘱託等は法令上の具体的な根拠に基づくものであり,「法令に基づく場合」に該当すると考えられる。