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アフィニトール

結節性硬化症(TSC)

監修:大野耕策 先生(鳥取大学名誉教授)

精神遅滞・自閉症・ADHD

結節性硬化症に伴う精神神経症状

精神遅滞とは知的障害とも言われ、精神の発達が停止あるいは不全の状態で、認知や言語、運動、社会的能力に障害があることを言います。自閉症とは他人との社会的関係の形成の困難さ、言葉の発達の遅れ、興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害であり、ADHDとは年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障を来たします。結節性硬化症に随伴しやすい精神神経症状は、まとめてTAND(TSC-associated neuropsychiatric disorder)と呼ばれています(後述)。結節性硬化症ではてんかんを随伴する頻度が高く、脳波異常とてんかん発作が抑制できないことによる脳機能の障害により、精神遅滞を発症するリスクが高いと報告されています。てんかんについては、こちらをご覧ください。


疫学と発現時期

精神遅滞は、生下時あるいは出生後比較的早期に認められる重要な症状の一つ(図1)で、初発年齢は生後4~6ヵ月とされ、結節性硬化症患者の40~70%に随伴するといわれております1,12-15)。自閉症の初発年齢は幼児期とされ、5歳以上の結節性硬化症患者の25~50%に随伴するといわれています1,12-15)。ADHDでは結節性硬化症患者の30~60%に随伴するという報告があります1,2,12-15)表1)。

図1 精神遅滞の発現時期

表1 結節性硬化症患者と一般集団における精神遅滞の頻度(国内データ、海外データ)

  結節性硬化症患者 一般集団
精神遅滞や学習障害 40~70% 1~3%
自閉症 25~50% 1~4%
ADHD 30~60% 5%

Jozwiak S, et al. Eur J Paediatr Neurol 2011; 15: 424-431
発達障害への配慮. 小児てんかんの最新医療 (小児科臨床ピクシス 3), 岡明編著, 五十嵐隆総編集, 中山書店, 2008,p.204
Holmes GL, et al. Epilepsia 2007; 48: 617-630
D’Agati E, et al. J Child Neurol 2009; 24: 1282-1287
太田豊作, 他. Pharma Medica 2012; 30: 15-19

結節性硬化症患者の精神・行動上の問題に関する全国的な疫学調査(日本)

日本における1998~2009年の小児慢性疾患の意見書をもとにした全国的な疫学調査で、結節性硬化症患者の精神・行動上の問題の割合が報告されています3)表2)。これらの症状を有する患者を適切な医療や福祉サービスへつなげて、積極的に発達の評価や療育、精神科的介入を行うためには、結節性硬化症の診断・初期治療にかかわる小児科医、皮膚科医への啓発が重要であることが示唆されています。

表2 結節性硬化症患者における精神・行動上の問題の頻度

精神・行動上の問題 割合 人(%)
精神遅滞 719/1,004(71.6%)
重度の精神遅滞 260/1,004(25.8%)
てんかん発作 865/1,007(85.9%)
自閉傾向 206/947(21.8%)
多動 112/771(14.5%)

高橋孝雄.神経・筋疾患の登録・解析・情報提供に関する研究.
平成22年度厚生労働科学研究(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)総括研究報告書.
小児慢性特定疾患の登録・管理・解析・情報提供に関する研究より作表 

日本人結節性硬化症患者における年齢期別の自閉症/自閉症スペクトラム障害、精神遅滞の合併率

2013年に報告された、日本人結節性硬化症患者166人を対象とした疫学調査4)によると、自閉症/自閉症スペクトラム障害の発現頻度は21%、精神遅滞の頻度は42%でした。年齢期別にみると、自閉症/自閉症スペクトラム障害*1、精神遅滞*2の発現頻度はいずれも年齢を経るとともに有意に低下しました(*1:p=0.005、*2:p=0.0004、χ2検定、図2)。 また同調査で、精神遅滞が重症なほど、難治性てんかん*3と自閉症/自閉症スペクトラム障害*3を有する頻度が有意に高いことが示されました(*3:p<0.001、χ2検定、図3)。

図2 年齢期別の自閉症/自閉症スペクトラム障害または精神遅滞の合併率
図2 年齢期別の自閉症/自閉症スペクトラム障害または精神遅滞の合併率
図2 年齢期別の自閉症/自閉症スペクトラム障害または精神遅滞の合併率
図3 難治性てんかんおよび自閉症/自閉症スペクトラム障害と精神遅滞の関係

TSC遺伝子変異と精神神経学的症状

TSC遺伝子産物である蛋白質TSC1(ハマルチン)とTSC2(ツベリン)は複合体を形成してmTORの活性を抑制的に制御することにより、大脳皮質発達や成長などのコントロールに重要な役割を果たしています。そのため、遺伝子変異によるTSC1/TSC2複合体の機能喪失は、mTOR経路抑制不全を引き起こし、神経細胞およびシナプスの構造や神経伝達に影響を及ぼすことで、興奮性シグナルと抑制性シグナルのアンバランスだけでなく神経細胞のネットワークに根本的な変化を引きおこす可能性があるとされています(図45)

図4 TSC1/TSC2複合体の機能喪失と罹患しやすい精神神経学的症状との関係

結節性硬化症における精神遅滞

結節性硬化症患者における精神遅滞・学習障害の発現率は一般集団にくらべて高い傾向が認められます。認知機能障害は中等度から重度で、認知機能障害のリスクはてんかん発作の早期発症、難治性てんかん、点頭てんかんを有する結節性硬化症患者で上昇します。結節数の増加が認知機能障害の転帰と相関していることを示す研究もあります。
また、結節性硬化症患者の精神遅滞の度合いには幅があり、IQは重度の障害(平均 IQ30~40)またはごく軽度(平均 IQ93)と二峰性に分布することが示されています6) 7)図5)。結節性硬化症患者の約50%は平均的な知能(IQ>70)ですが、記憶障害やADHDなど特定の認知機能障害の傾向がある可能性が考えられます。 精神遅滞を随伴する方が自閉症やADHD、言語障害を随伴しやすくなるといわれています。

図5 結成性硬化症患者のIQ分布(海外データ)

結節性硬化症における自閉症

結節性硬化症患者での自閉症の発現率は一般集団にくらべて高く、結節性硬化症との関連性が確立しています。また、一般集団では男児が自閉症を発症する可能性は女児の4倍であるのに対し、結節性硬化症患者が自閉症となる割合に性差はなく同等です8)
これまでに、結節の存在やてんかん発作の早期発症を含め、自閉症と結節性硬化症の関連を説明するいくつかの仮説が示されましたが、原因は不明のままです。


結節性硬化症におけるADHD(注意欠陥多動性障害)

結節性硬化症患者でのADHDの発現率は一般集団にくらべて高頻度である傾向が認められます。結節性硬化症におけるADHDの病因はほとんど不明ですが、結節による脳の損傷が、認知および行動障害を引きおこすことが一般的に受け入れられています。また、てんかんをもつ小児でADHDのリスクが増加することがよく知られており、大規模研究2)では、てんかん発作がまったくない場合にくらべ、1回でもてんかん発作の経験がある結節性硬化症の小児患者のほうがADHDの発現が有意に高いことが報告されています。ADHDは自閉症をもつ結節性硬化症患者でも重篤であることが頻繁に観察されていますが、知能が平均的である結節性硬化症患者でも発症することがあります。


結節性硬化症における精神神経学的症状(TAND)

結節性硬化症患者では、攻撃的な行動や自閉症、自閉傾向、学習障害、その他不安障害や気分障害、適応障害、うつ病などを随伴しやすく、これらの精神神経学的症状をまとめてTAND(TSC-associated neuropsychiatric disorder)と呼称します。


検査

精神遅滞等の評価は、基本的に周産期歴、運動および言語発達歴、食事歴、睡眠・覚醒リズムの発達、家族歴および家族構成などの問診と神経学的診察を組み合わせて行われます10)。患者ごとに問題となっている障害により、それぞれの臨床ガイドラインや臨床評価尺度などを用いて、各症状のアセスメントを行います。TANDの合併については少なくとも年1回は受診の際に評価することが望ましいとされています11)。国際的な取り組みとしてTANDチェックリスト9)が作成されており、日本結節性硬化症学会ホームページでは日本語版が掲載されています。


診断・治療

精神遅滞等は、低頻度ではあるものの一般集団でも認められることから、結節性硬化症の診断基準の臨床症状には含まれていません。しかし、精神遅滞等は結節性硬化症患者の多くに認められることから、専門医と連携して発達訓練や療育に取り組むことが大切です。
結節性硬化症に随伴するADHDの治療に関しては、現在、一部のメチルフェニデート、アトモキセチンが承認されていますが、てんかん発作の閾値を下げることへの懸念も議論されています。


参考文献
1) 金田眞理, 他. 日皮会誌 2008; 118: 1667-1676
2) D’Agati E, et al. J Child Neurol 2009; 24: 1282-1287
3) 高橋孝雄.神経・筋疾患の登録・解析・情報提供に関する研究. 平成22年度厚生労働科学研究総括研究報告書.小児慢性特定疾患の登録・管理・解析・情報提供に関する研究, 2010, p.173-175
4) Wataya-Kaneda M, et al. PLoS ONE 2013; 8: e63910
5) Napolioni V, et al. Brain Dev 2009; 31: 104-113
6) Curatolo P, et al. Lancet 2008; 372: 657-668
7) Joinson C, et al. Psychol Med 2003; 33: 335-344
8) Curatolo P, et al. J Child Neurol. 2010; 25: 873-880
9) de Vries PJ, et al. Pediatr Neurol 2015; 52: 25-35
10) 結節性硬化症の診断と治療最前線.日本結節性硬化症学会編.診断と治療社、2016
11) 金田眞理, 他. 日皮会誌 2018; 128: 1-16
12) Jozwiak S, et al. Eur J Paediatr Neurol 2011; 15: 424-431
13) 発達障害への配慮. 小児てんかんの最新医療 (小児科臨床ピクシス 3), 岡明編著, 五十嵐隆総編集, 中山書店, 2008, p.204
14) Holmes GL, et al. Epilepsia 2007; 48: 617-630
15) 太田豊作と飯田順三.Pharma Medica 2012; 30: 15-19