しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 主治医が存在せずポリファーマシーな高齢者
慢性心不全,慢性腎臓病,2型糖尿病,脂質異常症,COPDで2カ月ごとに定期通院している87歳,男性。主治医は固定せず毎回違う医師の診察を受けている。うつ病で心療内科,変形性膝関節症と骨粗鬆症で整形外科にも通院している。2週間前に同居している妻が大腿骨を骨折し入院した。
1週間前に息切れと下腿浮腫が出現し臨時受診し,利尿薬を追加されたが症状改善せず,近所に住む娘と一緒に再受診した。娘より,「薬がたくさん余っていたのですが,どうしたらよいでしょうか」と相談を受けた。
●処方内容:循環器系薬剤4種類,血糖降下薬2種類,その他,心療内科・整形外科より処方あり(詳細不明)
マルチモビディティの疫学
マルチモビディティ(multimorbidity)とは「2つ以上の複数の慢性疾患が同時に存在する状態」と定義される1),“多疾患併存状態”である。3つ以上の身体システムに影響する3つ以上の慢性疾患が同時に存在する場合を「複雑なマルチモビディティ」と言う2)。
プライマリ・ケアにおけるマルチモビディティの患者頻度は20~30%とされ,年齢とともに頻度が増加し,65歳以上の60%,85歳以上の82%がマルチモビディティである(図1)3)。日本における疫学研究はないが,東京都の調査結果によると後期高齢者の64%が2種類以上の慢性疾患を治療している4)。疾患の組み合わせとしては,
循環器・代謝疾患(高血圧・糖尿病・肥満・虚血性心疾患)+変形性関節症
のパターンが最も多く,うつ病や不安障害などの精神疾患や疼痛性疾患を併存することも多い5)。
また,社会経済的状態の悪化(小児期の貧困,低所得,低学歴,低ヘルスリテラシー)もマルチモビディティの増加と関連しており,最も貧困な地域では10~15歳早く生じる3)。
プライマリ・ケア医が複雑で困難と考える患者は,
- ①医学的複雑性が高い
- ②精神疾患が医学的問題を悪化させている
- ③社会経済的要因が医学的問題を悪化させている
- ④患者の行動と資質に問題がある
という4タイプに分類され6),①~③はマルチモビディティが原因と言える。
しくじりの背景としてマルチモビディティは対応が難しい,プライマリ・ケアにおけるcommon problemであり,総合診療医は意識的に取り組んでいく必要がある。
マルチモビディティの問題点
マルチモビディティの状態はQOL低下,身体機能低下,救急受診や入院の増加,死亡率増加と関連している7)~10)。
プライマリ・ケアにおける適切なマネジメントで入院を防ぎうる状態をACSCs(ambulatory care-sensitive conditions)と言うが,併存疾患の数が多くなるほどACSCsによる入院リスクが高くなり11),特に循環器疾患と呼吸器疾患ではさらにリスクが高くなる12)。併存疾患が5つ以上になると,うつ病のリスクも40%と高くなる13)。まとめると表1のような7つの問題点が挙げられる14)。
本症例は多院通院しているが患者自身が処方内容を把握できておらず,ポリファーマシー(polypharmacy)となっていることが問題である。さらに数多くの身体疾患と精神疾患もあり,身体機能・QOL低下にも注意が必要な状態である。
マルチモビディティへの対応の原則
マルチモビディティへは疾患個別のアプローチでは副作用の問題や併存疾患への影響などが出るなどの問題で対応しきれず,異なったアプローチが必要となる。まず基本的な考え方を示していく。
❶ガイドライン通りにしない14)
疾患ごとのガイドラインは単一の疾患を対象にしたものであり,根拠となるランダム化比較試験では高齢者や複数の慢性疾患を持つ患者は除外されている。さらに,併存疾患のある患者での推奨はほとんどなく15),マルチモビディティの患者へ直接適用することは難しい。
たとえば本症例でガイドラインを当てはめると,10~20種類の薬剤が推奨され,9つの生活習慣改善,年間8~10回の内科受診と8~30回の精神科受診および禁煙支援や呼吸リハビリテーションが必要とされ16),複雑ですべてを実行するのは難しい。ある疾患に対する厳格な治療が他の疾患にとって有害となることもあり,優先順位をつけて介入することや治療の適応について臨床的に判断していくことが重要である。
❷機能に注目する
余力の少ない虚弱高齢者に対して,疾病のパラメータを介入する標準治療は,効果よりも副作用が出ることが多く,医師が適切に介入するほど患者予後やQOLが悪化するケースが多い。疾患への介入ではなく,心身機能に注目し理学療法や作業療法を行うと死亡率が低下し,自己効力感やQOLの向上を認めたという報告もあり17)18),非薬物療法としてリハビリテーションを開始することも考慮すべきである。
❸定期的に薬剤を整理する
介入が裏目に出ることが多い一方で,既に行われている介入を減らすことは予後改善に貢献することが多い。マルチモビディティではポリファーマシーになりやすいと言われており,実際,マルチモビディティの約20%,6つ以上の併存疾患があるとおよそ半数がポリファーマシーである19)。マルチモビディティかつポリファーマシーであると有害反応が起こりやすいが20),必要な薬剤が投与されていないことも多い。
これらのリスクを減らすために定期的に処方薬を評価し,予後改善に寄与しない薬や副作用を起こしている薬剤を適切に減らし,その上で必要な薬剤を慎重に開始することが重要である。その際にはSTOPP/START criteriaなどの評価基準を参考にするとよい。
本症例では糖尿病治療による低血糖リスクがあると考えられ,他科からの処方が心臓や腎臓へ悪影響を及ぼしている可能性も否定できない。処方内容をすべて把握することが必要である。
❹継続性を重視する
治療の分断が問題となるため,主治医を決める必要がある。75歳以上の患者のうち80%は特定の医師への通院を希望しており21),継続的なケアを提供することで不必要な入院や外来受診を防ぐことができるため22)23),患者満足度や予後の改善が期待できる。十分な診察時間を確保したり,病態と処方を見直すための時間を持つことも重要である。
しかし,忙しい外来の中では難しいため,すべての患者ではなく「複雑なマルチモビディティ」に絞って主治医制にする,年に1回処方整理のために2枠予約にするといった工夫も可能である。複雑なマルチモビディティ症例をカルテから機械的にピックアップする基準の例としては,①身体疾患とうつ病の併存,②10種類以上の処方,③在宅患者・ 施設入居者などが該当する。その対象となる患者を見落とさないために看護師問診など多職種チームでの介入や電子カルテシステム構築をしてスクリーニングしていくことも有用だろう。
本症例では多臓器にわたる疾患があり,複雑なマルチモビディティであるが主治医が定まっていない。主治医を決めて関わっていれば今回のような受診を抑制できたかもしれない。
実際の診療の流れ
上記の通りガイドライン通りの診療ではうまくいかないため,疾患ごとではなく患者全体としてアウトカムの改善を考える必要がある。生命予後や機能予後など何を重視するかは患者ごとに異なるため,患者の意向や価値観をふまえた上で患者と相談しながら治療目標を決めていく。
患者経験(patient experience)も重要な要素であり,いずれをも達成するために患者中心のケアやSDM(shared decision making)を行っていくことがよいとされる24)。実際の診療の流れを5つの領域にわけて説明する25)。
❶患者の意向を引き出す
マルチモビディティの患者は「疾患個別のアウトカム」から「全般的な健康アウトカム」へ関心が移り,余命延長よりQOL向上を重視することが多いため,血圧や血糖など疾患固有の指標(disease oriented evidence:DOE)の改善ではなく,死亡率や症状,QOLなどの患者にとって重要な転帰(patient oriented evidence that matters:POEMs)を改善することを目標にしていく。
そのため治療方針を決める前にまず「患者が重視する転帰」,すなわち患者の意向や価値観を探ることが必要である。「困っていることは何ですか?」「相談したいことは何ですか?」などと聞くことで,優先的に介入したほうがよい患者や家族が心配していることや期待していることを把握することができる。それをふまえて現在の治療内容,治療負担,アドヒアランスを確認する。また,治療による利益と害について十分な情報を伝えることも重要である。
❷エビデンスの適用
年齢や併存症からエビデンスを患者に適用できるか判断したり,エビデンスのアウトカムがPOEMsであるかを確認する。利益と害・負担のバランスや絶対リスク減少度・治療必要数についても検討する。利益が得られるまでの時間(time horizon to benefit)についても検討する。
余命が短い場合はtime horizon to benefit が長い介入は意味がないため差し控えたほうがよい。また,介入によって生じうる相互作用についても検討する必要がある。
❸予後を見積もる
患者の多くが高齢者であり,身体機能,QOL,余命などの予後を見積もることも重要である。予後が悪い場合はスクリーニング検査や治療が有益でなく,害や負担を増やすだけになりかねない。生命予後を予測する指標としては1年死亡率にはPROFUND index26 )やcombined comorbidity score27),4年死亡率にはLee らの予測スコア28)などが利用可能である。厚生労働省による簡易生命表29)でも各年齢の平均余命を確認することができる。
❹実行可能性を評価する
予定した治療が複雑ではないか,実行可能かどうかを考慮する。治療が複雑になると,アドヒアランス低下や転倒・認知機能低下などの副作用,QOL低下,経済的負担,介護負担の増加につながる恐れがある。特に高齢者で認知機能低下があると,服薬忘れが増えるなど薬剤の自己管理が難しくなる。そのため,薬カレンダーの使用や服用回数を1日1回にするといった工夫や,吸入薬や外用薬が使用できるか注意する必要がある。
❺最適な治療方針を決定する
患者と家族の意向,アウトカムの優先順位,治療の実行可能性を考慮して治療方針を話し合っていく。できるだけ患者の負担が少なく,QOLを向上させるような治療方針が好ましい。この意思決定プロセスに患者が加わることで,アドヒアランスが向上し,健康アウトカムを改善する可能性が高いと言われている。
新たな治療を開始するだけでなく,現在行っている薬剤を中止したり,リハビリや生活習慣の改善なども積極的に考慮すべきである。よく話し合った上で治療方針を決定し,決定に至った経緯を書面で残しておくとよい。治療方針を決定したあとでも,新たな病気の出現や病状の変化,周囲の環境の変化などによって患者の意向や優先順位が変わることもあり,定期的に再評価していく必要がある。
これらの手順をまとめると表225)のようになる。
意識して見つけ取り組むことで手応えを感じる
本項ではマルチモビディティの疫学・問題点・対応策について取り上げ,臨床現場に与える影響力の大きさを知って頂き,実臨床で対策を立てる参考にして頂けるよう具体的な方法を提示した。
マルチモビディティは今回の症例のように日常的に遭遇する問題であるが,十分に認識されていないケースも多いと思われる。実際,筆者も今回の原稿執筆に際してエビデンスを調べ,多くの症例で反省点を感じたため,みなさんのしくじりの原因となっている頻度も高いと推察される。一方で患者の予後やQOLに与える影響は大きく,意識して見つけ取り組むことで確実に患者の満足度や日常生活が改善する手応えを感じやすい問題とも考えている。
本項の内容をもとに,まずはかかりつけ患者から「複雑なマルチモビディティを抱えた患者」を何名かピックアップし,原則通り対応して頂きたい。
症例の続き 症状改善と治療によるリスクの回避を優先し調整
息切れと浮腫の持続があり,薬が余っていることが心配事としてあった。本人に服薬について聞くと,「以前は妻が薬を用意してくれていたが,今は忘れてしまうことが多い」と話し,アドヒアランス不良であることが判明した。他院からの処方と検査結果は以下の通りであった。
意向を聞くと,「数カ月や数年の長生きよりも,息切れせずに穏やかに家で過ごしたい」と希望を述べられた。
●処方内容フロセミド錠20mg 2錠分2,エナラプリル錠5mg 2錠分2,カルベジロール錠2.5mg 2錠分2,メトホルミン錠500mg 2錠分2,グリメピリド錠1mg 1錠分1,アトルバスタチン錠5mg 1錠分1
●他科処方セルトラリン錠25mg 1錠分1,ゾルピデム錠5mg 1錠就寝前,セレコキシブ錠100mg 2錠分2,レバミピド錠100mg 3錠分3,L-アスパラギン酸Ca錠200mg 3錠分3,アレンドロン酸錠35mg 1錠週1回 ※下線部はSTOPP criteriaに該当
●検査結果Cre:1.7mg/dL,Ca:10.4mg/dL,HbA1c:6.8%,Glu:100mg/dL,LDL-Chol:70mg/dL,EF:30%,1秒率:65%,改訂長谷川式簡易知能評価スケール:20/30点
これまでは妻の介助があり問題視されていなかったが,認知機能低下によって服薬管理が難しくなっていると考えられた。予後予測スコアなどから余命は2~3年と推測された。
服薬は薬カレンダーを使用して1日1回ですむように考慮し,他科からの処方も引き継いで調整するほうがよいと考えた。糖尿病の治療目標をHbA1c8%前後に緩和し,心不全,腎障害,高Ca血症があるためメトホルミン,グリメピリド,セレコキシブ,アレンドロン酸を含めた骨粗鬆症治療薬の中止を検討した。さらに予後を考慮してスタチンを中止,慢性疼痛の対応も兼ねてSSRIからSNRIへの変更を検討した。
本人と娘に,「現在の症状改善と治療によるリスクの回避」を優先することを確認し上記のような調整を行った。訪問サービスによる服薬支援を提案したが本人が拒否したため,娘に毎週カレンダーへ薬をセットするようお願いした。
●変更後の処方フロセミド錠40mg 1錠分1,エナラプリル錠5mg 1錠分1,ビソプロロールフマル酸塩錠2.5mg 1錠分1,デュロキセチン塩酸塩カプセル20mg 1Cp分1,アセトアミノフェン錠200mg 1回2錠(外出前),ゾルピデム5mg 1錠(就寝前)
1週間後の再診時には薬の飲み忘れもなく,息切れと浮腫は消失していた。自宅で1人で過ごしていても,苦痛症状で不安を感じることがなくなり,日課である盆栽の手入れが毎日できるようになったと満足そうな笑顔だった。その後は主治医を固定して1カ月ごとに予約外来に通院してもらうことになった。
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しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社