しくじり症例から学ぶ総合診療
医師の過重労働,ソロ診療もしくじりの要因
しくじりを起こす背景には,システムの問題,コミュニケーション不足など,いろいろな要因があると言われている。
そのうちのひとつとして医療者の過重労働も影響していることは間違いない。通常の気力・体力のある状態ならば起こさないようなしくじりが,患者数の多い外来や休息のとれない環境で起こることはありうる。また,多種多様な問題に対応しなければならない外来診療において,医師1人で対応しなければならないという環境も要因のひとつであると思われる。
本項では,しくじりの背景にあると思われる医師の過重労働や,ソロ診療(医師1名での診療)への対策として考えられるグループ診療について考察する。
グループ診療を取り巻く状況
医療の現場における医師の勤務状況が過重労働であることが注目され,ワーク・ライフ・バランスも考慮した働き方改革が導入され,医師の勤務時間が短縮される方向であることは間違いない。その一方で,わが国は超高齢社会に突入し,2025年問題に向けて在宅医療,在宅での看取り,地域包括医療の推進が必要とされ,診療報酬上も診療所には在宅療養支援診療所,地域包括診療料,地域包括加算,時間外加算などの上乗せを行うことで24時間365日の対応が望まれている。
今後も,「医師個人の勤務時間を短縮しながら24時間対応せよ」という矛盾した圧力はさらに強くなると思われる。それでは,そういった圧力に対応するにはどうしたらよいだろうか。それに対応するためには,もはや医師1人で開業するというソロ診療では困難であり,複数の医師でのグループ診療を行っていかざるをえない状況になっていると考える。
わが国でもグループ診療を行うという考えは,なにも最近始まったわけではない。寺崎は2001年の調査で,「今後のあり方としてグループ診療を検討すべきである」と考えている開業医が半数以上であったと報告している1)。その理由として,「医療内容の向上」「患者の信頼確保に必要」「厳しい経営環境下で効率的な運営をすることに有効」「休暇時の24時間対応」が挙げられていた。
当時から必要性が議論されていながら,法制度が未整備なことを理由にして遅々として進んでいなかった。筆者も1993年に初めて米国の家庭医の生活に触れて,グループ診療を行うことで自分の生活も楽しみながら診療している姿に大変感銘を受け,ぜひとも日本でも導入したいとは思っていた2)3)。しかしながら,欧米型のグループ診療をわが国の医療制度の中でそのまま導入することは,各種の規制のため困難であった。そして当時は,わが国のロールモデルとなるようなグループ診療の形態がなかなか考えられず,前に進むことができなかった。
この15年間で,家庭医の養成が行われるようになったことがきっかけになり,グループ診療を取り巻く環境は変わりつつある。旧日本家庭医療学会が始めた家庭医療専門医研修の中に診療所研修が取り入れられ,その後,合併した日本プライマリ・ケア連合学会に引き継がれ,研修プログラムVer.2.0では総合診療専門研修Ⅰとなり,2018年に開始となった総合診療専門医の研修プログラムでも取り入れられた。これは診療所で指導医とともに診療を行って学ぶ研修であり,診療所側から見れば必ずグループ診療(複数医師)体制になる。2017年現在,500名以上の家庭医療専門医が誕生しているが,彼ら彼女ら全員が複数医師体制の診療所・小病院での研修を経験しており,グループ診療の良さを実感している。その中から新たにグループ診療を起動させている若手医師も誕生してきており,これまでにはなかったわが国に適応した家庭医・総合診療医のグループ診療が各地で芽を出しているのは,誠に喜ばしい出来事である。
グループ診療の種類
ひと口にグループ診療といっても多岐にわたるが解釈されている。そのため,わが国では現在も他の種類のグループ診療が存在する。その種類についてはいろいろな分類があると思われるが,1つの医療機関内か,医療区画かで分類したものが表1である。1つの医療機関内で複数の医師体制というのが新しい形の家庭医・総合診療医のグループ診療になるが,わが国で伝統的である親子,兄弟姉妹など親族での開業もこの中に含まれると思われる。
従来,わが国でグループ診療という枠内でとらえられていたものに複数の診療所が同居した形の医療ビル,何らかの区画内に複数の診療所が同居した医療モールなどがあり,それらは複数の診療所でも科目が重ならないという開業形態である。科目が重ならないため競合することは少ないが,互いの連携も薄くなり,次項で挙げるグループ診療の長所を得ることは少ない。
その他のグループ診療の形態としては,最近増えている在宅医療に特化した専門診療所が挙げられる。2025年に向けて在宅医療の24時間365日対応が必要となってくるが,医師1人での対応はとても困難であり,複数の医師の雇用で在宅医療を幅広く展開することが可能になるため,今後も増加するものと考えられる。
グループ診療の長所と短所
グループ診療の長所,短所について表2にまとめた。
❶長所
長所としては,何より孤立しにくいということが挙げられる。筆者も診療所で10年間のソロ診療を経験したが,症例の相談ができずに悩む経験は多々あった。そのほとんどは問題なく過ぎ,ことなきをえていたが,中にはしくじりにつながる症例も少なからずあった。特に,外来で経験するというのは疾患は多岐にわたり,見たことのない疾患を診断し治療するというのはストレスのかかるものである。その際に,「それでよいだろう」「紹介が必要ではないか」とだけでもすぐに言ってもらえる環境があるというのは,非常にありがたいものである。
次に,複数の医師がいることで時間のやり繰りが可能となる。互いに融通をきかせて休暇をとることも可能であるし,在宅医療では携帯電話の対応を当番制で行うことにより,夜間や休日の休息をとることもできる。これらは医師のワーク・ライフ・バランスを考える上でも非常に重要な長所である。
また,家庭医・総合診療医でも1人ひとりの興味があること(special interest)は異なっており,その結果ソロ診療よりも幅広い疾患に対応することができる。同じ患者数であっても1人の患者当たりの診察時間にゆとりができるため,患者満足度が上がることも予想される。
❷短所
その反面,短所としては,1人の患者を複数の医師でみることがあるため,責任の所在が不明瞭になることがある。また,患者個人との付き合いは,1人の医師がみるソロ診療のほうが深くなり,医師個人との関係の継続性という点での患者満足度はソロ診療のほうが高い傾向にあるという報告も存在する4)。
家庭医・総合診療医のグループ診療
❶女性医師の増加
欧米では,家庭医・総合診療医はグループ診療を行うのがもはや当たり前になっている。特に女性家庭医の働き方では,グループ診療はなくてはならないものになっている。
澤は英国家庭医の現状報告で,1968年に10%だった女性GP(general practitioner)の割合が2014年には50%となり,1953年に43%だったソロ診療が,2012年にはわずか6%となったと報告している4)。
わが国でも女性医師は増加しており,今後医師の働き方改革が進むことが考えられ,グループ診療に参入する医師は増加するものと考える。
❷総合診療専門医の養成
わが国の新しい流れとしての家庭医・総合診療医のグループ診療は,前述した家庭医の養成から発展してきた。
日本プライマリ・ケア連合学会の家庭医療後期研修では,総合診療専門研修Ⅰという診療所・小病院での6カ月以上の研修が必修とされており,2018年度から始まった総合診療専門研修制度でも同様の研修が行われることになっている。この研修の中では,診療所の指導医とともに外来,在宅医療,地域包括ケアを学ぶことになり,自然と診療所でのグループ診療を身につけられる。筆者の医院,プログラムでも,そのような形で専攻医の受け入れを行うことでグループ診療を発展させてきた。
今後,総合診療専門医の養成が活発になるにつれ,総合診療専門研修をもとにしたグループ診療は全国で広まるものと考えている。
❸若手医師の考え方
また,そのような診療所での研修を経て家庭医療専門医となった若手医師にとっては,「家庭医・総合診療医はグループ診療をするのが当たり前」という考えになってきている。そのため,最初からグループ診療で開業したり,最初はソロ診療でも,その後グループ診療に移行することを念頭に置いて開業することが多くなっている。
グループ診療は新しい流れ
新しい流れである家庭医・総合診療医のグループ診療は,今後のわが国の医療体制になくてはならないものになると考えている。また,多くの人々にその存在を知ってもらい,広めてほしいと考えている。本書にて分担執筆している若手医師の中にも,そのような新しい形の家庭医・総合診療医のグループ診療をしている方も少なからずいる(表3)。家庭医・総合診療医のグループ診療に対して興味のある方は参考にして頂きたい。
文献
- 寺崎 仁: グループ診療研. 2001;7(2):32-7.
- 雨森正記: ジャミックジャーナル. 1994;14(2):58-9.
- 佐野 潔: 治療. 1993:75(12):2827-31.
- 澤 憲明: 英国GP が考える日本の保健医療システムの可能性( 第8 回新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会資料).
[http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000148838.pdf](2018年1月21日閲覧)
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社