しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Uちゃん,8歳1カ月,女児
Uちゃんは,特に大きな既往のない8歳1カ月の女児。道路で転んだとのことで母親と救急外来に来院。左肘~左前腕を痛がっている。BT:36.6℃,HR:75/分,RR:20/分,SpO2:98%。
受傷状況を聞いてもはっきりとした答えが返ってこなかった。電子カルテの記録には直近の2年に2回の骨折の既往があり,身体診察上,両大腿に古い内出血の痕あった。「新旧混在した外傷を認めるときは虐待の可能性を疑え」と教わったことを思い出し,女児と2人で話す必要があると考えた。「もう少し診察させて下さいね」と母親に待合室で待つようにお願いし,診察室で「いろいろなところにけがの痕があるけど,誰かに何かされたということはない?」と聞いてみた。はっきりとした答えは出てこなかったため,仕方なく診察を終えた。撮影したX線上は骨折を疑わせる所見はなく,転倒による打撲として三角巾による固定で応急処置をし,帰宅とした。
診察後,「虐待の可能性ってどう判断すればよいのかわからないな」「疑いながら診察することはできたけど……」「本当にあれだけでよかったのか」と思っていたところ,翌日,母親から病院にクレームの電話がかかってきた。「娘に『あのあと何されたの?』と聞いたら,『誰かに何かされたの? って先生に聞かれた』と言っていた。これって私の虐待を疑っているってことですよね? 失礼じゃないですか!」と母親は激怒していた。
責任者と相談の上,「けがをしているお子さんには虐待の可能性を疑って聞くことがあります。誤解を与えたなら申し訳ありません」と謝罪したが,「何でこうなってしまったんだろう……」と心にもやもやが残った。
しくじり診療の過程の考察
本例では,虐待・DVを疑った後の情報収集の方法が良くなかった。虐待・DV(あるいは性感染症)のような個人的な問題を扱う際には,患者のみと話ができる状況を“ 上手に” 作り出す必要がある。自身の診療の流れの中で,そうなる状況を前もって知っておき,その機会を意識的に利用できるようにならなければならない。次のような例が挙げられる。
- ①身体診察の際,同伴者に退出してもらい,1対1になる
- ②検査の際,検査室まで同伴し,検査室で1対1になる
肌を大きく露出させる必要があったり,性器の診察を伴う場合は,①のように身体診察の際に同伴者に退出してもらうことが有効である。一方,そうした診察を行うことが不自然あるいは不要であったり,小児のように常に同伴者がいるほうが自然な状況では,X線,CT,超音波といった検査の際に1対1になることを利用するほうがよい。本例でも,X線をとる必要があれば,X線室で話を聞くべきだった。
また「疑いながら診察することができた」だけでは不十分である。本例がどの程度,虐待・DVの可能性があったかは,実際の場の印象によって変わるだろう。しかし,確かに疑ったのであれば,その先へつながなければならないし,つなぐ方法,解決する方法を知ってかねばならない。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
虐待・DVの難しさは,どこからが虐待・暴力かしばしば判断に困り,どの段階で通報・通告をすればよいのか迷うところにある。通報・通告は,被害者・加害者・医療者の関係に影響を与え,時として重大な事故・事件につながりうる。「もし大事になってしまったらどうしよう」と不安になったり,守秘義務の観点から問題にならないか不安に思うことは当然だろう。虐待・DVの問題では,そうした不安により医療者が孤立してしまう現象1)も指摘されている。
そうした孤立を防ぐために重要なことが,関係者との情報共有とチームづくりである。
①院内で虐待・DV疑い事例を扱っている人・部署がどこか知っておく
まず,今働いている・働き始めた病院内に虐待・DVを扱っている人・部署がないか確認しよう。それは内科・外科・小児科・産婦人科の医師であったり,事務職であったり,あるいは虐待防止委員会,相談センターといった専門のチームがあるかもしれない。院内における正当な診療の範囲内での情報共有において守秘義務が問題となることはない。
②院内になければ,関係機関に聞いてみる
そのような人・部署がなかったり,1人で診療をしている状況においては,外部の関係者との連携が重要になる。小児であれば児童相談所2),DV であれば配偶者暴力相談支援センター3),障害者であれば障害者虐待防止センターや障害者権利擁護センター4),高齢者であれば地域包括支援センター5)が相談窓口となる。これらは虐待・DV の当事者だけでなく,医療者にとっての相談窓口にもなっている。自身の経験した例が虐待・DVと言えるものなのか,対応が必要なものなのか相談することができる。
③個別事例の相談に抵抗があれば,一般論として気軽に尋ねる
個々の事例の通報・通告にあたっては,小児虐待,障害者虐待,高齢者虐待はそれぞれの虐待防止法によって通報・通告が求められており,「守秘義務に関する法律の規定は,通報(または通告)をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない」とされている。一方,DVについては「その者の意思を尊重するよう努めるものとする」とされ,原則として本人の意思を確認した上で行う必要がある。
しかし,個人を特定できる情報を含まない一般論の相談はまったく問題ない。虐待・DVを日常的に扱っている部署はそれをよくわかっており,うまく相談する工夫を知っている。たとえば「個別の事例の相談ではないのですが,○○のようなケースは一般にどう対応すればよいでしょうか?」「〇〇のような事例を最近聞くのですが,どのような対応をとればよいでしょうか?」といったかたちで相談することができる。またその際,「改めて相談したほうがよいのはどのような状況か」と聞いておけば今後に備えることができるだろう。
虐待・DVを1人で抱え込む必要はなく,1人で抱え込んではいけない。「お気軽に相談下さい」は当事者だけでなく,医療者に対するメッセージでもある。
直近2年に2回の骨折がある8歳女児となると,診察するモードを切り替えなければなりません。さらに,このケースにおいては新旧の傷があり,確実に虐待を疑わなければならないケースです。
一般医療機関における子ども虐待初期対応ガイド6)(日本子ども虐待医学会HPよりダウンロード可能)では,「繰り返す骨折」を見つければ,保護者に「くる病や骨形成不全症の可能性が否定できないので病的骨折の精査が必要」,また多発性の出血斑があれば「出血傾向などの血液疾患の精査,頭蓋内出血合併の防止のために精査が必要」などと説明し,入院可能かどうか検討する必要があります。また,児の顔を入れて近接・遠位写真も撮影し,写真内にはスケールと個人,日時の特定ができるものを一緒におさめておくことをおすすめします。特に年齢が小さければ小さいほど,疼痛部位や受傷機転などの説明が難しく,大事に至るかもしれないという危機感を持って対応して下さい。
児童福祉法第25条の規定(前頁囲み部分)に基づき,児童虐待を受けたと思われる児童を発見した場合,すべての国民に通告する義務が定められています。
Child Firstという言葉を聞いたことがあるでしょうか? 何よりも優先されるのは子どもの安全確保です。子ども虐待の通告は大切で,守秘義務違反にはならず,通告者は守られます。ただし,情報を持っているのが誰かということで通告者が発覚してしまうこともあるので,保護者の許可を取って伝えることが最も信頼関係を保てる方法です。「児童相談所に連絡します」と伝えると角が立つので,「心配なので保健師さんにこのことを伝えてもいいですか?」と,筆者は伝えることにしています。保健師への連絡を拒絶する場合,ますます虐待の可能性は高くなります。
保護者との会話から考えると,今回の虐待の疑いはさらに強まり,やはり通告しておいたほうがよい内容と言えます。カルテにも,「保護者とこのようなやりとりがあるため,虐待の疑いがある」と,わかりやすく記載しておくのがよいでしょう。
虐待かもと思ったら,児童相談所全国共通ダイヤル“189(いちはやく)” がありますが,児童相談所とは別に,市区町村には児童虐待相談担当課があるため,事前に電話番号をぜひ調べておいて下さい。
文献
- 椿 恒雄: 総合診療. 2017;27(11):1502-6.
- 厚生労働省: 全国児童相談所一覧(平成29年4月1日現在).
- 内閣府男女共同参画局:配偶者暴力相談支援センターの機能を果たす施設一覧( 平成30 年7 月2 日現在).
[http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/soudankikan/pdf/center.pdf] - 厚生労働省:障害者虐待防止法に係る通報・届出窓口一覧(平成28年1月20日現在).
[https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/PDF_18.pdf] - 厚生労働省: 地域包括ケアシステム.
[https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/] - 日本子ども虐待医学会: 一般医療機関における子ども虐待初期対応ガイド「通称:一般医向けマニュアル」.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社