しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Cくん,7歳,男児
筆者は学校医として,小学校の内科検診を毎年行っている。児童の健康診断表には「喘息」などの基礎疾患のほかに,「お腹が痛いと言うことが多い」など養護教諭や保護者からのコメントが記載されていることがある。
Cくんは小学2年生(7歳)の男児。診察室に入ってきたときに「小柄だな」と感じたが,健康診断表のコメント欄には特に記載がなく,診察や肥満度にも異常を認めなかった。そのため「もともと小柄な子なのかな」と考え,「特記すべき所見なし」とした。
数カ月後に養護教諭から,「以前から体重があまり増えなくて気になっていた生徒がいます。最近『しんどい』と言ってよく保健室に来ていて,顔色も悪いのでみてもらえないでしょうか」と相談があった。健診時に気になった男児であった。
養護教諭より受診を勧めてもらい,後日,祖母とクリニックに来院した。血液検査では軽度の貧血を認め,成長曲線をみると正常曲線より徐々に外れていっていた(図1)。Cくんは「お母さんが忙しいので,あまりご飯が食べられていない」と訴えた。付き添いの祖母から話を聞くと,「2年前に両親が離婚して,母親とこの子の2人暮らし。母親は仕事でほとんど家にいない。最近,母親が夜の仕事を始めたので,あまり食事がとれていないかもしれない。私も久しぶりに会ったらやせていたので驚いた」とのことだった。
虐待(ネグレクト)を疑う事例として児童相談所へ連絡し,対応を依頼した。児童相談所職員が家族と面談し,祖母のサポートのもと定期的な食事ができるようになり,栄養状態は改善してきている。
子どもを線ではなく点でしかみておらず,体重増加不良を見落としており「しくじり」を自覚した。
しくじり診療の過程の考察
「小柄だな」と思った時点で成長曲線を確認する,もしくは養護教諭に質問するなどの対応をとるべきだった。しかし,診察時点での肥満度には異常がなく,養護教諭からのコメントの記載もなかったことに安心し,自分なりの理由をつけて確認を怠り,体重増加不良を見落としてしまった。
また,養護教諭が気軽に相談できる態度を示したり,そのための時間をとっていなかった。診察が終わったあとに「何か気になることはありますか?」と養護教諭に声をかけてはいたが,いつもバタバタと帰る様子を見せていたため,養護教諭も気をつかってしまったのかもしれない。健診の役割を果たすだけの学校医になってしまっており,学校側との良い関係性が築けていなかったことがしくじりにつながった。
上記のしくじりが起きたもともとの原因は「学校医」に対する認識がある。筆者には「学校医=健診医」程度の認識しかなく,「子どもの健康を支える」という大切な役割への認識が甘かったと思う。また,外来の合間の昼休みに行うため時間が限られており,流れ作業のように診察が終わるとバタバタと急いで帰ることが多く,十分な時間の確保ができていなかった。そのために気持ちの焦りも生じ,養護教諭と話す時間も十分にとれていなかった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
学校健診では肥満度が用いられ,数字が並んでいるだけのことが多い。しかし,身体計測結果は今回のように健康状態を反映する重要な情報なので,成長曲線もしくは肥満度判定曲線を利用することが望ましい。この症例以降は,養護教諭に「肥満度の異常値のチェック」と「成長曲線の記載」をお願いしている。もし全員の転記が難しいようであれば,成長曲線の平均から外れる症例をピックアップするのも一案である1)。
学校医が子どもたちの健康において重要な役割を果たすために最も大切なことは,「学校側とのスムーズな連携ができること」であろう1)。そのために学校職員,特に養護教諭との良好な関係は欠かせない。
筆者は健診の前に養護教諭と「気になる生徒」について共有し,事後には医師から「経過をみてほしい生徒」「保護者に受診を勧めてほしい生徒」などについて共有し,健診についての振り返りを行うようにしている。その時間を確保するために,健診は午後に診察のない昼休みに行うように変更した。また,健診だけの学校医にならないように,時間のあるときに保健室や職員室に寄るなど,気軽に相談できる関係づくりを行っている。
上記に加えて,この症例をきっかけに筆者自身が「学校医」についてきちんと知ろうと考え,文献1に記載した参考図書などを読むことにした。そして,養護教諭が今困っていることは何か,学校医に何を求めているかをインタビューして意見交換を行った。
学校医の職務は学校保健安全法に規定されている。職務そのものについてはそれほど大きく変わることはないと思うが,内容は社会情勢や学校環境の変化に応じて変わっていく。「保健室利用状況に関する調査(平成18年)」においても来室理由の背景に心に関する問題を抱えている子どもが多いことや,医療機関などとの連携を必要としている子どもが増えていることなどが明らかになっている2)。こういった心身に関する多様な健康問題には学校医だけでは対応できず,養護教諭やスクールカウンセラー,他専門職との連携がとても大切である。
このしくじりは,校医が「その場限りの健診医としての関わり」をしていると陥りがちなものであり,似たような状況はあちこちの学校の現場で生じているのではないでしょうか。今回のケースでは,健診の数カ月後に養護教諭の方から学校医へ相談があったことから,当該児童への介入がスタートしました。校医が養護教諭からの相談をきちんと受け止めることができたからこそのことでしょう。
症例の先生も書かれている通り,養護教諭に困っていることをインタビューすることにより,学校や児童1人ひとりに生じている健康問題について,養護教諭と学校医で共有することが出発点となります。この先生が事後に実践されたような方法が取れれば,その後はスムーズに進むと思いますが,残念ながら養護教諭の力量や熱意,学校医との価値観の相違によっては,当初はこのような良好なコミュニケーションが取れない場合もあるでしょう。学校側としても,学校医は多忙であるとの思い込み(あるいはこれまでの学校医の関わりに失望している?)から,相談を遠慮されているような場合があるかもしれません。しかし,これらのコミュニケーション不全は,結果的に児童生徒や保護者の困りごと解決の機会を奪うことにつながりかねません。参考文献に挙げた,日本学校保健委員会が運営する「学校保健ポータルサイト」は養護教諭向けのサイトですが,児童生徒の健康増進に関する話題が多岐にわたって取り上げられており,養護教諭との話し合いの際にも役立ちます。今回のケースにあった「成長曲線」の活用についても取り上げられています。ぜひ参考にしてみて下さい。
この先生が既に実践されていること以外に,学校保健委員会の活用を提案したいと思います。学校医の職務のひとつとして,学校保健委員会への参加があります。学校保健委員会の開催やその方法は自治体や個々の学校により異なるようですが,筆者が現在学校医を担当している学校では,保健室来室の理由,健診(内科以外の耳鼻科・眼科・歯科も含め)の結果,成長曲線や体力検査の結果など,養護教諭がまとめた資料が供覧され,委員として参加している教員・保護者代表・校医が意見を述べたり,そこから見えてくる課題を共有したりしています。以前担当していた学校では,学校保健委員会の際に校医が保護者と教員に講話をしていました。講話のテーマを事前に養護教諭と話し合って決めるのですが,その過程で必然的に現在気になっている児童の健康問題について話し合うことになり,養護教諭との意思共有がスムーズにできるようになりました。ちなみに,取り上げた講話のテーマとして,熱中症・日焼け・傷の処置・痛み(頭痛・腹痛・精神的な痛みなど)などがありました。一例として,それまでその学校では傷の処置で消毒をするのが通例となっていたのですが,学校保健委員会での講話を機にそれをやめることを保護者・教員みんなで確認・共有することができました。このようなかたちで学校に関わることも,児童の健康増進にとって大切なことだと考えています。
文献
- 岩田祥吾, 他: 成長を見守る. 学校医は学校へ行こう!. 岩田祥吾, 他編. 医歯薬出版, 2006, p136-67.
- 文部科学省: 教職員のための子どもの健康相談及び保健指導の手引き. [http://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/__icsFiles/afieldfile/2013/10/02/1309933_01_1.pdf]
参考文献
- 日本学校保健会: 学校保健ポータルサイト.
[https://www.gakkohoken.jp/]
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社