しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Yさん,70歳代,女性
Yさんは,C型肝硬変で10年以上前から当院に通院していた。担当医も5人以上代わっていたものの,定期的な受診,検査,そして肝庇護目的の注射などを継続的に行っていた。
筆者が担当しはじめて半年ほど経過した頃,Yさんが軽度の腹痛を訴えた。身体診察では特記事項なく,経過観察もしくは対症療法ができそうだと考えられた。しかし,YさんはC型肝硬変があるにもかかわらず,約9カ月間も腹部超音波検査をしていないことに気づいた。すぐに超音波検査を実施したところ,肝内に3cm弱の腫瘤が見つかった。専門医と相談し精査を進めたところ,肝細胞がんであることがわかった。
Yさん,ご家族と相談し,他院の外科を紹介して根治的手術を行った。いったんは軽快退院したが,数カ月後に再発した。腹水も貯留し,腹部膨満感,倦怠感,食欲不振が増大した。手術を行った病院に連絡をとり再入院となったが,そのまま他界された。当院の超音波検査で腫瘤が発見されてから1年弱のことであった。
C型肝硬変の発がん率は,年3~8%ときわめて高率である1)。C型肝硬変患者は,肝細胞がんに対して超高危険群とされており,3~4カ月ごとの超音波検査,腫瘍マーカー検査が推奨されている2)が,Yさんの超音波検査は約9カ月間もあいてしまっていた。また,腫瘍マーカーも超音波検査で腫瘤が発見されるまで行えておらず,超音波検査と同様に9カ月間あいてしまっていた。定期的な検査が抜けたことにより肝細胞がんの発見が遅れてしまい,「しくじり」となった。
しくじり診療の過程の考察
筆者はその年,この診療所に新しく所長として赴任し,一度に数百名の患者を引き継いでいた。未熟で経験不足といってもよい自分は,この仕事量の増大に大いに戸惑っていた。Yさんを診療しはじめたのは,最後の腹部超音波検査から2カ月ほどのことであった。
以前に,高い利益を上げている病院に勤めていたことがあり,その経営方針に従えず退職した経験があった。「過剰な検査を追求せずとも,必要な検査を行うことで健全な経営ができるはず」という,今思えば根拠のない理想を持っていた。また,当時も家庭医はマイナーな存在であり,「家庭医として良い医療をしなければならない」という気負いもあった。
しかし,赴任先の診療所で目の当たりにしたのは,多くの過剰とも思われるルーチン検査であった。私の中に反発心が湧き起こった。検査をできるだけ控えようという気持ちが強くなりすぎたために,必要な検査まで抜けてしまった。その結果,今回のような取り返しのつかない事態になってしまった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
検査をしすぎることも,控えすぎることも適切ではない。目の前の患者にとって,何が必要で,どのようなメリットとデメリットがあるかを患者に説明し,患者とともに決めていくべきである。多くの検査を希望する患者もいれば,そうでない患者もいる。なぜそのように考えているのかを尋ね,医学的な情報を継続的に伝えながら,一緒に意思決定していくことが重要と考える。最近では,徐々にそのような診療ができるようになってきている。
よく「親切なやぶ医者になってはいけない」という戒めを聞くが,本当の「やぶ医者」は検査をしすぎたり,控えすぎたりする医者ではなく,患者とともに決断しようとせず,さらにその責任を負おうとしない医者のことだと思う。
この症例を振り返ってみると,C型肝硬変の患者にとって必要な検査については当時も知識としては持っていた。しかしながら,それよりも自分自身の価値観を優先させてしまい,闇雲な診療を行ってしまったように思う。
今回の症例では,3~4カ月ごとの超音波検査を行っていれば,もっと小さな段階で腫瘤を発見できたはずであるし,合間に一度でも腫瘍マーカーを計測していればその異変に気づけただろう。ガイドラインやエビデンスが示している通りであり,一呼吸置いて,少なくとも「UpToDateⓇ」や「DynaMedTM」を開いて確認すれば診療が改善していたかもしれない。当時はカルテを携えてひたすら患者と対峙していたが,今ではインターネット環境を整え,診療中でも常に情報にアクセスできるようにしている。
検査のタイミングについては,特に担当医が代わったときにミスが起こりやすいと言える。定期的な検査が抜けやすいことをあらかじめ考えて,事務や看護師,臨床検査技師など,他の職員の援助も得ながらチェックしていくことで漏れを減らすことができるであろう。電子カルテのシステムを活用することも一手である。
また,自分自身の負の感情に気づくことにより,検査が漏れやすくなっている状況に対処できたかもしれない。今は適度にハウスキーピング(自己管理)3)を行うことにより感情のゆらぎを制御しやすくなってきている。
標準的な医療を常に振り返ったり,専門医に相談したり,家庭医仲間のカンファレンスで相談することも重要である。専攻医を教える機会を持ち続けていることも,自分の診療を見直す良い機会となっている。
同時に,経営的な視点を深めることにより,今回のような不必要な感情を抑えることもできるはずである。そのおかげで赴任時に見ていた利益優先の風景は,今の筆者の目には全く別のものに映っている。
家庭医が生涯学習者として,診療だけでなく指導医として,経営者として成長することが,今回のような「しくじり」を減らしていく1つの方法であると考える。
C型肝炎ウイルスによる肝細胞がんでは,細胞レベルの発がんから超音波で認識できるサイズに至るまでは年の単位を要しますが,超音波で認識できるサイズに至れば,個体差はあるものの,3カ月程度で腫瘍容積が倍加することが知られています。C型肝硬変,いわゆる超高危険群では,治癒が期待できる早期の肝細胞がんを発見するために3カ月に1回の超音波検査,1(~2)カ月に1回の腫瘍マーカー測定(AFPとPIVKA-Ⅱ)でサーベイランスを行うのが一般的で,保険診療上も認められています。超音波所見によってはdynamic CT/MRIを併用,禁忌例では造影超音波検査を施行することが多いです。
肝細胞がんの最適なサーベイランスについては,日本肝臓学会による「肝癌診療ガイドライン」4)に稿をゆずりますが,情報社会にあって,ガイドラインは患者家族が容易に入手できるものです。必要なサーベイランスが行われずに不幸な転帰をたどった場合,医事紛争が起こり賠償命令を受けるケースが報道されています5)。
「患者が医師を代える」「患者が検査を希望しない」などのケースに備えて,筆者の診療所ではガイドラインなどを参考に,日頃から患者家族と共有意思決定(shared decision making:SDM)を徹底するとともに,あらかじめ検査スケジュールを立てておき,診療録やカレンダー形式の検査予定表に記載して,スタッフ全員で共有するように心がけています。
文献
- 日本肝臓学会, 編:科学的根拠に基づく肝癌診療ガイドライン2013年版. 金原出版, 2013, p29.
- 日本癌治療学会: 肝がん治療アルゴリズム.
- 草場鉄周, 監訳:The Inner Consultation 内なる診療. 第2 版. カイ書林, 2014, p305-32.
- 日本肝臓学会:肝癌診療ガイドライン2017.
[https://www.jsh.or.jp/medical/guidelines/jsh_guidlines/examination_jp_2017] - 日経メディカル:【裁かれたカルテ】定期的な検査を怠り肝がんの発見に遅れ 医師に注意義務違反、2000万円余の支払い命じる.
[https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/417559.html]
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社