しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Hさん,80歳代,女性
筆者が沖縄県の離島診療所で勤務していたときの症例である。
もともと診療所に定期通院中の患者で,高血圧と脂質異常症に対してアムロジピン5mgとアトルバスタチン10mgを定期内服していた。とても元気な方で毎日,畑仕事を頑張っていた。
そんなHさんが夏のある朝,来院前日からの嘔吐と下痢を主訴に診療所を受診した。いつものHさんと違い笑顔はなく,とても苦しそうだった。受診時,バイタルサインは安定していた。
症状は,前日から2回の嘔吐と,その後続く5回程度の水様下痢だった。下痢の色はなく,ほとんど水とのことだった。渋り腹はなく,悪寒戦慄もなかった。感染性胃腸炎の可能性を考え,周囲に同様な症状の方がいないかどうかを確認したところ,同居の長男夫婦も同様の症状があった。食事歴を聞くと,前日の昼は宴会があり,その席で生野菜,刺身や手作りの惣菜を食べていた。前日の朝や夜は通常通りの食事だった。脱水所見はなく,整腸薬を処方し3日後経過フォロー予定とした。
翌日の早朝,救急隊より電話があり,「自宅でHさんが動けなくなっているところを家族が発見し,119番があった」とのことだった。運び込まれたところで診察すると,末梢冷感が強く脈拍も微弱で遅い徐脈性ショックの状態だった。心電図モニターをつけると,そこには「脈拍数40/分」の文字。急いでアトロピン0.5mgを静注した。心電図では明らかなST変化はなく洞調律だった。心エコーでも明らかな心囊液はなく,壁運動に大きな異常はなかった。
バイタルサインが落ち着いたところで,患者から症状を再聴取すると,口と手足のしびれがあるとのことだったため,宴会で食べた魚の種類を聞くと,地元漁師が釣った「イシガキダイ」(図1)だった。沖縄近郊ではイシガキダイにシガトキシンが蓄積していると言われており1),本症例の最終的な診断はシガテラ中毒であった。診療所で12時間経過観察し,アトロピン静注頓用を数回使用することで再度ショック状態になることはなく,状態は改善した。
しくじり診療の過程の考察
今回のしくじり診療ポイントは2点あり,
- ①食事歴の詳細な問診が抜けていたこと
- ②食中毒のローカルファクターを把握できていなかったことである。
感染性胃腸炎を疑った場合,その原因微生物を推定するため,詳細な食事歴を聴取する必要がある2)。また,潜伏期間に関しても原因微生物によってその幅は広く,5時間~5日とされている(表1)3)。今回は普段とは違うものを食べた前日の宴会の食事メニューに原因があった可能性がある。本症例でもそこまではわかっていたが,あまり症状が強くなかったことから,具体的な食事内容まで聴取することを怠った。
今回の事例が起こったのは,南の離島である。さらに,食事歴から魚を摂取したという経緯があった。沖縄県近海ではシガトキシンに毒化された魚がおり,それを摂取することによって起こるシガテラ中毒が毎年のように発生している。当離島でも発生する可能性が十分にあり,常に周辺地域の中毒症例の発生状況を押さえておく必要があった。しかし,当地域では直近の発生は9年前であったため4),住民や診療所スタッフもその可能性を考えるには至らなかった可能性がある。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
感染性胃腸炎を疑ったときには,徹底した診療姿勢が大切である。あのとき,初診時の適切な問診でシガテラ中毒の可能性に気づいていれば,悪化は避けられなかったかもしれないが,Hさんの意識状態が低下する前に対応することができた可能性があり,患者・家族を不安にすることはなかったかもしれない。
もちろん,この症例以降に感染性胃腸炎を疑った場合は,症状が出る前の食事から48時間以内に食べたものに関して詳細な病歴聴取をするように心がけている。
このしくじりは,夏場にみられた嘔吐下痢症状から感染性腸炎と診断し,脱水所見もなかったため対症療法で帰宅としたものの,翌朝救急搬送で再来しシガテラ中毒であることが判明した症例です。ただ,経験が少なければ,初診時に沖縄という土地柄から本疾患を鑑別診断に挙げるのは難しく,「しくじり」とまでは言えないでしょう。
食事に関する問診は,時間をさかのぼって思い出してもらいながら,できるだけ3日前まで聞くことにしています5)。細菌性腸炎であれば,焼肉やバーベキューが原因の腸管出血性大腸菌で溶血性尿毒症症候群になった例,冷蔵庫で保管していた生ハムなどの食肉加工品やスモークサーモンなどの魚介類加工品からのListeria monocytogenesで髄膜炎になった例,十分に焼けていない焼き鳥が原因のカンピロバクターで敗血症・髄膜炎になった例があります。これらは,当院での15年間の外来で複数例経験しています。厚生労働省のホームページでも食中毒の原因がわかりやすく解説されています6)。
一方,ウイルス性腸炎であれば,カキなどの二枚貝によるノロウイルスやA型肝炎がよく知られています。特にノロ胃腸炎の場合,加熱していても,また調理場の汚染により貝を食べていない人にも発症することがあり,本人の食事内容を聞くだけでなく,カキを扱う店での外食の有無まで聞き取っています。
嘔吐下痢症状が強いために,最初の問診で本人から食事内容を聞き出せないときもあります。その場合は,点滴や投薬など行って少し症状が落ち着いてから,再度思い出してもらっています。入院してから数時間経ってようやく思い出して教えてくれることもあります。
患者は何も思い当たる食べ物がないと言っていたものの,後から家族が来院して詳しく聞いた結果,認知症を発症しているために,スーパーで同じ種類の生肉を食べきれないくらい繰り返し買ってきており,消費期限が切れたものを調理し食べていたため胃腸炎症状を繰り返していたことが判明したという例もあります。
ちなみに,医学生のときの細菌学実習で,スーパーで買ってきた生肉にどれくらい細菌が付着しているか調べるという面白い経験をしました。大腸菌やカンピロバクター,サルモネラといった食中毒原因菌が当然のように多数検出されたことにも驚きましたが,古くて汚そうな精肉店の生肉からは検出されず,新しい高級スーパーのものからは検出されたことに同級生の多くが驚きました。「外見」ではわからないのが食物汚染であることを改めて知る貴重な経験を得たことは,現在の診療にも大変活かされています。
文献
- 玉那覇康二:マイコトキシン.2013;63(1):55-65.
- 佐田竜一:JIM.2014;24(8):724-8.
- 和歌山市感染症情報センター:感染性胃腸炎.
[http://www.kansen-wakayama.jp/page/page010.html] - 太田龍一,他:中毒研究.2018;31(3):261-4.2018.
- Alexandraki I, et al:Acute viral gastroenteritis in adults. UpTodate,2018. [https://www.uptodate.com/contents/acute-viral-gastroenteritis-in-adults]
- 厚生労働省:政策について食中毒[https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html]
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社